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琵琶湖は女神の涙だった──湖北・湖南・湖西・湖東の神々が守る永遠の湖 第二話 はじまりの一滴

まだ山も若く、
大地が完全な形を持たなかった頃。

この地は、海だった。

遠い太古、今の滋賀の地には
古代の内海が広がっていたと言われている。
だがそれは、ただの地学の話ではない。

その海は、ひとつの“器”だった。

天は、この地に特別な役目を与えるため、
空の奥深くで、ひとつの雫を育てていた。

それは雨ではない。
霧でもない。
涙でもない。

まだ“意味”を持たない水だった。

だが天は知っていた。

いずれ人は、この地で暮らし、
争い、
祈り、
愛し、
裏切る。

そのすべてを受け止める存在が必要だと。

だから雫は落ちた。

静かに。

音もなく。

その一滴が地に触れた瞬間、
海は震えた。

大地がわずかに沈み、
山々がゆるやかに押し上げられ、
水は一点へと集まり始めた。

雫は、消えなかった。

むしろ、広がった。

意志を持ったからだ。

それが、淡海。

彼女は目を開いた。

最初に見たのは、空だった。
次に見たのは、まだ幼い山々。
そして最後に見たのは――

未来。

彼女は知ってしまった。

この地に生まれる人々が、
どれほど強く、
どれほど愚かで、
どれほど愛おしいかを。

それを知った瞬間、
淡海の中に“感情”が芽生えた。

水は、ただ流れるだけの存在ではなくなった。

受け止める存在になった。

だが、その変化は均衡を崩す。

水に感情が宿れば、
嵐になる可能性もある。
洪水になる可能性もある。

天は、それを恐れた。

だから四つの柱を立てた。

北にひとり。
南にひとり。
西にひとり。
東にひとり。

彼らは男神。

それぞれに役目を与えられた。

凍てつく冷気を和らげる者。
流れを巡らせる者。
怒りを受け止める盾となる者。
闇を照らす光を落とす者。

彼らは、女神を監視するためではない。

共に在るために。

淡海は、彼らを見た。

四つの気配。
四つの強さ。
四つの静かな決意。

そのとき、彼女は初めて泣いた。

悲しみではない。

安心の涙だった。

その涙が、
最初の湖面をつくった。

波は穏やかだった。

その日から、琵琶湖は
“ただの水”ではなくなった。

それは感情を持つ湖。

受け止める湖。

そして、泣き続ける湖。

だが、まだこのときは
人はいなかった。

人が現れたとき、
彼女の涙の意味は、さらに変わっていく。

それは、
愛と痛みを同時に知る物語の始まりだった。

(第三話へ続く)

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