琵琶湖は女神の涙だった──湖北・湖南・湖西・湖東の神々が守る永遠の湖 第十八話 女神の涙の理由
争いは
止まった。
湖が
止めたからだ。
人々は
槍を下ろした。
誰も
声を出さない。
ただ
湖を見ていた。
湖の中心で
女神が立っている。
淡海。
長い髪が
風に揺れる。
その瞳から
涙が落ちる。
静かに。
何度も。
そのとき
村の老人が
前へ出た。
杖をつきながら
湖を見る。
そして
ゆっくり言った。
「見たか」
「これが」
「涙の湖だ」
村人たちは
老人を見る。
誰も
その意味を知らない。
少女が
聞いた。
「どうして」
「女神は泣いているの?」
老人は
湖を見た。
遠い昔を
思い出すように。
「昔」
「この湖は」
「ただの水だった」
「だが」
「女神が泣いた」
「その涙が」
「湖になった」
村人たちは
静かに聞いていた。
老人は続けた。
「女神は」
「人を愛している」
「だから」
「人が悲しむと」
「涙を流す」
少女は
小さく言った。
「じゃあ」
「湖は」
老人はうなずく。
「人の悲しみ」
「人の祈り」
「人の想い」
それらが
すべて
湖へ落ちる。
そして
女神は
それを受け止める。
老人は
最後に言った。
「だから」
「この湖は」
「枯れない」
「人が生きる限り」
「涙は止まらない」
村人たちは
湖を見た。
静かな水。
優しい波。
その水の中には
人の想いが
すべてある。
山の上では
四柱の神が湖を見ていた。
瀬田流神が言う。
「水は巡る」
比良守神が言う。
「人は争う」
伊吹嶺神が
静かに言う。
「だが」
「人はまた」
「愛する」
鈴鹿照神は
湖に光を落とした。
月の光が
水面に広がる。
女神は
その光の中で
また
涙を流していた。
少女は
湖を見ていた。
そして
青年の手を握る。
「もう争わない」
青年は
うなずいた。
湖の前で
人は
また一つ
約束をした。

(第十九話へ続く)
