琵琶湖は女神の涙だった──湖北・湖南・湖西・湖東の神々が守る永遠の湖 第十六話 湖を巡る争い
湖の朝は
いつもと同じように静かだった。
水面は穏やかで、
山の影を映している。
だが村の空気は
違っていた。
誰も笑わない。
火の周りでも
声が少ない。
村人たちは
皆、同じことを考えていた。
あの男たちのことだ。
数日前、
湖を求めて現れた者たち。
彼らはまだ
山の向こうにいる。
だが時々
湖の岸に現れる。
魚を取る。
水を汲む。
何も言わない。
だが
その目は鋭い。
青年は
湖を見ていた。
少女が言う。
「また来てる」
湖の向こうに
男たちの姿が見える。
槍を持った影。
青年は
ゆっくり立ち上がった。
村の男たちも
立ち上がる。
「どうする」
誰かが言った。
老人は
静かに答えた。
「湖は争う場所ではない」
だが
若い男が言った。
「でも奪われる」
その言葉は
重かった。
その日の昼。
ついに
両方の村が
湖の岸で向かい合った。
湖の水を挟んで
二つの人々が立つ。
風が吹く。
水面が揺れる。
誰も
言葉を出さない。
やがて
向こうの男が言った。
「この湖は大きい」
「だが魚は限りがある」
青年が答える。
「だから分ければいい」
男は笑った。
「人はそうしない」
その瞬間
槍が
一歩前へ出た。
それは
戦いの合図だった。
少女が
青年の腕を掴む。
「やめて」
青年は
少女を見る。
そして
湖を見る。
湖は
静かだった。
まるで
何も知らないように。
だが
湖の中心で
光が揺れていた。
女神、淡海。
女神は
その光の中で
人々を見ていた。
その瞳には
深い悲しみがあった。
山の上では
四柱の神が湖を見ていた。
瀬田流神が言う。
「水は争わない」
比良守神は
低く言った。
「だが人は争う」
伊吹嶺神は
目を閉じる。
「止めるか」
鈴鹿照神は
静かに答えた。
「神は守る」
「だが人の選びは」
「人のもの」
湖の岸で
ついに
槍が振り上げられた。
少女が叫ぶ。
「やめて!!」
その声が
湖に響く。
そして
その瞬間
湖の水が
大きく揺れた。

(第十七話へ続く)
