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琵琶湖は女神の涙だった──湖北・湖南・湖西・湖東の神々が守る永遠の湖 第十三話 湖の手

嵐は
激しくなっていた。

風が
湖を叩く。

波が
山のように立つ。

舟は
小さな木の葉のようだった。

青年は
必死に櫂を握る。

「戻らないと…!」

岸は
もう遠い。

波が
舟を持ち上げる。

次の瞬間
叩き落とす。

水が
舟の中に入る。

青年は
必死に水を掻き出した。

だが

嵐は
止まらない。

岸では
少女が叫んでいた。

「戻って!!」

声は
嵐に消える。

涙が
頬を流れる。

村人たちも
岸に集まっていた。

だが誰も
湖に出られない。

波が高すぎる。

そのとき

湖の中心で
光が広がった。

女神、淡海。

嵐の中で
静かに立っている。

その瞳は
青年を見ていた。

そして
少女も。

女神は
ゆっくり手を伸ばした。

すると

湖の水が
動いた。

波が
ひとつの流れになる。

それは
舟へ向かう水の道だった。

山の上では
四柱の神が動く。

伊吹嶺神が
風を弱める。

瀬田流神が
水の流れを作る。

比良守神が
嵐を受け止める。

鈴鹿照神が
光を落とす。

四柱の神が
同時に湖を守る。

舟は
その流れに乗った。

青年は
必死に櫂を漕ぐ。

波が
少しずつ弱まる。

岸が
近づいてくる。

村人たちは
息を呑んだ。

「戻る…!」

少女は
涙を流していた。

「お願い…」

舟は
岸に近づく。

あと少し。

あと少しで
届く。

その瞬間だった。

雷が落ちた。

巨大な波が
舟を叩く。

舟は
横に傾いた。

青年の体が
湖へ投げ出される。

「――!」

水が
すべてを飲み込んだ。

少女の叫びが
湖に響く。

「いやぁぁぁ!!」

村人たちも
声を上げる。

湖は
荒れている。

人は
見守るしかない。

そのとき

湖の光が
揺れた。

水の中で

青年の体が
沈んでいく。

暗い水。

冷たい水。

そのとき

何かが
彼の体を支えた。

水の手。

それは

湖そのものだった。

青年は
ゆっくり浮かぶ。

波が
彼を岸へ運ぶ。

村人たちは
湖へ飛び込んだ。

青年を
引き上げる。

少女が
駆け寄る。

「大丈夫!?」

青年は
水を吐き出した。

そして
息をした。

その瞬間

湖の中心で
女神が涙を流した。

それは

悲しみではない。

祈りだった。

湖は
人を守ろうとしていた。

だが

この奇跡は
永遠ではない。

女神は
それを知っていた。

嵐は
ゆっくり去っていく。

村人たちは
湖を見つめていた。

この湖には
何かがいる。

誰かが
守っている。

そして

女神の涙は
また湖へ落ちた。

(第十四話へ続く)

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