琵琶湖は女神の涙だった──湖北・湖南・湖西・湖東の神々が守る永遠の湖 第二十話 涙の湖
湖は
静かだった。
夕日が
水面を染めている。
人々は
湖の岸に立っていた。
誰も
争っていない。
誰も
武器を持っていない。
ただ
湖を見ていた。
湖の中心で
女神、淡海が立っている。
長い髪。
白い衣。
その瞳から
涙が落ちる。
だが
その涙は
もう悲しみだけではなかった。
少女が
湖を見て言った。
「どうして」
「まだ泣いているの?」
老人が
静かに答える。
「女神は」
「ここに残ると決めたのだ」
少女は
首を傾げた。
老人は
湖を見ながら言った。
「人は」
「喜ぶ」
「人は」
「悲しむ」
「人は」
「愛する」
「人は」
「争う」
そのすべてが
この湖に落ちる。
「だから女神は」
「ここで」
「人の想いを受け止める」
風が
湖を揺らす。
水が
光る。
そのとき
女神が
ゆっくり人々を見た。
そして
静かに言った。
「私は」
「ここにいる」
その声は
水のように優しかった。
「人が生きる限り」
「涙は流れる」
「だから」
「この湖は」
「枯れない」
その言葉が
湖に広がる。
山の上では
四柱の神が湖を見ていた。
北
伊吹嶺神。
雪の山から
湖を見守る。
南
瀬田流神。
水を巡らせ
湖を生かす。
西
比良守神。
嵐を受け止め
湖を守る。
東
鈴鹿照神。
光を落とし
夜を照らす。
四柱の神は
静かに立っていた。
瀬田流神が言う。
「湖は生きる」
伊吹嶺神が言う。
「人と共に」
比良守神が言う。
「守る者がいる限り」
鈴鹿照神が言う。
「光は消えない」
湖の岸で
青年と少女が
手を握っていた。
湖を見ている。
静かな水。
優しい波。
その水の中には
人の想いが
すべてある。
そのとき
女神の涙が
また湖へ落ちた。
一滴。
そして
また一滴。
その雫が
水を満たす。
老人は
最後に言った。
「だから」
「この湖は」
「枯れない」
「これは」
「女神の涙の湖」
夕日が沈む。
湖は
黄金に輝く。
女神の姿は
ゆっくり光の中に溶けていく。
だが
女神は
消えたわけではない。
湖の中に
いる。
今も。
これからも。
人の想いを
受け止めながら。
そして
涙は
今日も湖へ落ちている。
琵琶湖は
女神の涙だった。

(完)
