琵琶湖は女神の涙だった──湖北・湖南・湖西・湖東の神々が守る永遠の湖第一話 女神は、いまも泣いている
琵琶湖が枯れない理由を、あなたは知っていますか。
何十年も干ばつがあっても。
真夏に雨が降らなくても。
湖は消えない。
逆に――
記録的豪雨が続いても、
巨大台風が直撃しても、
琵琶湖は“怒り狂う海”のようにはならない。
なぜか。
それは、この湖が
ただの水ではないからだ。
夜明け前の**琵琶湖**は、ほとんど音を持たない。
風が止み、
波が眠り、
山の影だけが湖面に溶け込む。
そのとき、湖は“呼吸”をしている。
ゆっくりと、静かに。
それは、ひとりの女神の呼吸だ。
名を、淡海(おうみ)。
この地がまだ海の名残を抱えていた太古の昔、
天から落ちた一滴の雫があった。
その雫は、大地に吸い込まれなかった。
蒸発もしなかった。
雫は、意志を持った。
それが、淡海だった。
彼女は、すべてを映す存在。
人の営みも、戦も、祈りも、裏切りも、
何もかもを映す鏡。
だからこそ、彼女は泣く。
悲しいからではない。
怒っているからでもない。
“受け止めている”からだ。
人が傷つけば、
その痛みは湖に落ちる。
人が争えば、
その憎しみは湖に沈む。
人が自然を壊せば、
その後悔は水に溶ける。
淡海は、それらを拒まない。
拒めば、水は荒れる。
拒めば、水は濁る。
拒めば、水は牙をむく。
だから彼女は、受け入れる。
そして、泣く。
涙は一滴ずつ、地下へと染み込み、
川となり、湧水となり、また湖へ戻る。
それが循環。
だから枯れない。
では、なぜ氾濫しないのか。
もし彼女が怒れば。
もし彼女が堪えるのをやめれば。
もし涙が怒号に変われば。
湖は街を飲み込むだろう。
だが、そうはならない。
それは、四つの方角に立つ男神たちがいるからだ。
北。
南。
西。
東。
湖北、湖南、湖西、湖東。
四柱の神々は、女神を囲むように立ち続ける。
彼らは、涙を止めない。
泣くことを否定しない。
ただ、支える。
凍らせない。
腐らせない。
荒れさせない。
闇に沈めない。
それが、彼らの役目。
そしてそれは、遠い昔に交わされた
ある“約束”のためだった。
淡海は、いまも泣いている。
だがその涙は、
絶望ではない。
それは――
「それでも、信じている」という証だ。
人を。
命を。
この大地を。
だから琵琶湖は、今日も満ちている。
静かに。
深く。
そして、誰にも気づかれないまま。

(第二話へ続く)
