掌編小説|7F
【前回までのあらすじ】
パソコン音楽家の冷沢は、三年間曲を書けていない。
そんな時、三年前まで暮らしていたマンションの10階に、『drum set』を残置している事を思い出した。
その音を聴く事ができたら、また曲を書けるのではないかとの思いで、冷沢はマンションの中に入った。だがその中は不条理が支配する世界だった。
冷沢はランドセル、ポプリ、集合写真などの支援物資を貰いながら7階に達した。
少年時代に虫取りをした空き地に冷沢は降り立った。
枯れた枝が積み重なった一角で、コオロギが飛び跳ねていた。それを捕まえようとしていると、トノサマバッタやキリギリスがいる事に気が付いた。それらは気配を察知すると、羽ばたいて逃げた。夢中で追いかけているうちに気づいたらあたりは何もなくなっていた。
まるで水槽の中のようだ。ただ真っ白な空間が広がるだけである。
目の前には小さなサイドテーブルがひとつ。
その上に細長くて真っ白な一輪挿しが置かれ、控えめな白い花が挿してあった。
母の死。
大学を卒業して暫くした頃、母が死んだ。
冷沢は初め、その喪失感にさえ気付かなかった。
彼の音楽的才能は母から受け継いだものだった。とは言え母は、音楽など全く知らず、才能の有無すら意識せずに死んだ。
冷沢は、無意識下では母の音楽的才能に気付いていた。
だから時々、母に電話した。
近況を尋ねる程度の、他愛のない連絡だった。
そこで冷沢は母の言葉の選択、間の取り方、アクセント、声の大きさなどを通して、母の音楽を聴いていたのだ。
それはいつもワンパターンではあるものの、力強いメロディと確固たる世界観が存在するのだった。
冷沢の認知は音楽に根差している。
故に誰の言葉や息づかいであれ、全て音楽として処理される。つまり冷沢にとって人間は、全員音楽家だった。
冷沢の音楽活動とはつまり、「人間の奏でる音楽」を「データ」に定着させることだった。
母の死以来、冷沢は母からのイマジネーションなしで音楽を作成していた。
その違和感は時を経るごとに大きくなり、数年後にやっと冷沢の意識下に母が現れたのである。
その瞬間、彼は狼狽した。
そして同時に、次の地平を見たような感覚も味わった。
母の死について整理しようと思った。
彼女の中だけで鳴り、奏でようとも思わず、奏でられなかった音楽。
それを彼は定着させようと思ったのだ。
それはただ、楽しいだけの作業だった。
冷沢はその中ではっきりと母の音楽的才能を認めた。
作業はたった数日間の出来事だった。
この成果物は、冷沢自身に提供された。
これは誰にも聴かせる必要のない、個人的なアンカーのようなものだった。
彼の翻訳活動は、「音楽という名の言葉」を解さない人のためのものであり、今回もそれをやっただけのことである。冷沢自身も、ときどき言葉がわからなくなるのだ。
冷沢は自分は物質界に音を定着させる虫の一種だと思った。音楽を生業とする人間の悲しさがそこにはあった。知らなければ良かったと思った。知らなければ自由気儘に口遊めたのだ。
母は幸福だったのだ。それが分かった。
才能を開花させないことは不幸だと彼は思っていたが、それは思い違いだった。
①母は買い物帰りに近所を歩いていた。ある家の前には犬小屋がふたつ並んでいる。そこには白と黒の犬が一頭ずつ飼われていた。白い犬は人懐こくて、真っ直ぐな目で母のことを見た。黒い犬は牙を剥き出している。母は白い犬に向けて、ダブル・ピースサインを送った。白い犬は尻尾を振り、黒い犬は低い唸り声を上げた。そのとき、家の中のレースカーテンが開き、中の人と母の目があった。母はまだ犬にダブル・ピースサインを送っている最中だった。気まずい空気が流れ、お互いに苦笑いしながら会釈をした。
②母は駅の構内の長い階段を登り切り、通路を歩いていた。不意に母の左脚が後ろに引っ張られ、躓いて転んだ。脚を引っ掛けられたのだ。母は鋭い眼差しで周りを見渡し、犯人を探した。だが誰も居なかった。よく見ると母の左足のスニーカーの靴紐が解けていた。右の靴で左の靴紐を踏んづけて転倒しただけだった。
③冷沢は久し振りに母に会った。母はメガネを掛け、更に額にサングラスを掛けていた。冷沢は母の目が四つになったようで少し滑稽に思えた。母は突然何かを思い出したように鞄のチャックを開けて「サングラスがない!」と何度も呟いた。額にあるそのサングラスは余計に存在感を際立たせた。
母は①②③に例示されるような人物だった。
冷沢はそんな母の、ある種どうでも良い話に強い感銘を受けた。そんな話の中に真実が潜んでいると感じた。
それらのエピソードから多くの曲が生まれた。少し可笑しくて、少し悲しくて怖くて、自由さもある曲だった。
生まれてから死ぬまでの間で、年表に載らないような話。そこに音楽性を見出していた。
音楽を学ぶことは音楽の中の要素を取り出すことでしかなく、楽譜は言わば魚拓のようなものだ。生きているのはあくまで魚だ。母は歴史に残らない生き様を望んで、望み通り魚のまま死んでいった。冷沢は、数日の作業の中でそれを明確に悟った。
「そもそも翻訳などない。だがそれは拡がり、とも言える」
空中をプレーンな魚が泳いでいる。空中の水面にコオロギが落ちて、魚が一口で食べた。
そんな映像が合わせ鏡のようにずーっと向こうまで続いていた。それがいつしか魚の口から魚拓が何枚も何枚も出てきて、まるで空也上人の口から出る小さな阿弥陀仏のようだった。
冷沢は一輪挿しから白い花を抜いて、大学時代の集合写真を添えた。
改札口の電光掲示板が光り、『改札中』と表示された。冷沢はそのまま改札に向かい、読み取り部に白い花をかざした。
ゲートが開き、花は消えた。
8階へと続くエスカレータに乗る。
エスカレータ横の壁にはポスターが貼ってあり、最初は魚拓ばかりだったのだが、次第に大学生の冷沢の集合写真に少しずつ変わり、その中で彼は戯けたようなダブル・ピースサインをしていた。
(つづく)
①母は買い物帰りに近所を歩いていた。ある家の前には犬小屋がふたつ並んでいる。そこには白と黒の犬が一頭ずつ飼われていた。白い犬は人懐こくて、真っ直ぐな目で母のことを見た。黒い犬は牙を剥き出している。母は白い犬に向かって、ダブル・ピースサインを送った。白い犬は尻尾を振り、黒い犬は低い唸り声を上げた。そのとき、家の中のレースカーテンが開き、中の人と母の目があった。母はまだ犬にダブル・ピースサインを送っている最中だった。気まずい空気が流れ、お互いに苦笑いしながら会釈をした。
②母は駅の構内の長い階段を登り切り、通路を歩いていた。不意に母の左脚が後ろに引っ張られ、躓いて転んだ。脚を引っ掛けられたのだ。母は鋭い眼差しで周りを見渡し、犯人を探した。だが誰も居なかった。よく見ると母の左足のスニーカーの靴紐が解けていた。右の靴で左の靴紐を踏んづけて転倒したのだ。
③冷沢は久し振りに母に会った。母はメガネを掛け、更に額にサングラスを掛けていた。冷沢は母の目が四つになったようで少し滑稽に思えた。母は突然何かを思い出したように鞄のチャックを開けて「サングラスがない!」と何度も呟いた。
母は①②③に例示されるような人物だった。
冷沢はそんな母の、ある種どうでも良い話に強い感銘を受けた。そんな話の中に真実が潜んでいると感じた。
それらのエピソードから多くの曲が生まれた。少し可笑しくて、少し悲しくて怖くて、自由さもある曲だった。
生まれてから死ぬまでの間で、年表に載らないような話。そこに音楽性を見出していた。
音楽を学ぶことは音楽の中の要素を取り出すことでしかなく、楽譜は言わば魚拓のようなものだ。生きているのはあくまで魚だ。
母は歴史に残らない生き様を望んで、望み通り魚のまま死んでいった。
冷沢は、数日の作業の中でそれを明確に悟った。
「そもそも翻訳などない。だがそれは拡がり、とも言える」
空中をプレーンな魚が泳いでいる。空中の水面にコオロギが落ちて、魚が一口で食べた。
そんな映像が合わせ鏡のようにずーっと向こうまで続いていた。それがいつしか魚の口から魚拓が何枚も何枚も出てきて、まるで空也上人の口から出る小さな阿弥陀仏のようだった。
彼は一輪挿しから白い花を抜いて、大学時代の集合写真を添えた。
改札口の電光掲示板が光り、『改札中』と表示された。冷沢はそのまま改札に向かい、読み取り部に白い花をかざした。
ゲートが開き、花は消えた。
8階へと続くエスカレータに乗る。
エスカレータ横の壁にはポスターが貼ってあり、最初は魚拓ばかりだったのだが、次第に大学時代の冷沢の集合写真に少しずつ変わり、その中で彼は戯けたようなダブル・ピースサインをしていた。
(つづく)
①母は買い物帰りに近所を歩いていた。ある家の前には犬小屋がふたつ並んでいる。そこには白と黒の犬が一頭ずつ飼われていた。白い犬は人懐こくて、真っ直ぐな目で母のことを見た。黒い犬は牙を剥き出している。母は白い犬に向かって、ダブル・ピースサインを送った。白い犬は尻尾を振り、黒い犬は低い唸り声を上げた。そのとき、家の中のレースカーテンが開き、中の人と母の目があった。母はまだ犬にダブル・ピースサインを送っている最中だった。気まずい空気が流れ、お互いに苦笑いしながら会釈をした。
②母は駅の構内の長い階段を登り切り、通路を歩いていた。不意に母の左脚が後ろに引っ張られ、躓いて転んだ。脚を引っ掛けられたのだ。母は鋭い眼差しで周りを見渡し、犯人を探した。だが誰も居なかった。よく見ると母の左足のスニーカーの靴紐が解けていた。右の靴で左の靴紐を踏んづけて転倒したのだ。
③冷沢は久し振りに母に会った。母はメガネを掛け、更に額にサングラスを掛けていた。冷沢は母の目が四つになったようで少し滑稽に思えた。母は突然何かを思い出したように鞄のチャックを開けて「サングラスがない!」と何度も呟いた。
母は①②③に例示されるような人物だった。
冷沢はそんな母の、ある種どうでも良い話に強い感銘を受けた。そんな話の中に真実が潜んでいると感じた。
それらのエピソードから多くの曲が生まれた。少し可笑しくて、少し悲しくて怖くて、自由さもある曲だった。
生まれてから死ぬまでの間で、年表に載らないような話。そこに音楽性を見出していた。
音楽を学ぶことは音楽の中の要素を取り出すことでしかなく、楽譜は言わば魚拓のようなものだ。生きているのはあくまで魚だ。
母は歴史に残らない生き様を望んで、望み通り魚のまま死んでいった。
冷沢は、数日の作業の中でそれを明確に悟った。
「そもそも翻訳などない。だがそれは、拡がり、とも言える」
空中をプレーンな魚が泳いでいる。空中の水面にコオロギが落ちて、魚が一口で食べた。
そんな映像が合わせ鏡のようにずーっと向こうまで続いていた。それがいつしか魚の口から魚拓が何枚も何枚も出てきて、まるで空也上人の口から出る小さな阿弥陀仏のようだった。
彼は一輪挿しから白い花を抜いて、大学時代の集合写真を添えた。
改札口の電光掲示板が光り、『改札中』と表示された。冷沢はそのまま改札に向かい、読み取り部に白い花をかざした。
ゲートが開き、花は消えた。
8階へと続くエスカレータに乗る。
エスカレータ横の壁にはポスターが貼ってあり、最初は魚拓ばかりだったのだが、次第に大学生の冷沢の集合写真に少しずつ変わり、その中で彼は戯けたようなダブル・ピースサインをしていた。
(つづく)
