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【短編小説】悲しみの風景

 『爆薬男』の出番は終わった。

 今日も持ち時間4分、一貫してスベリ倒した。
 ボケる度に、客席からナイロン製上着のカサカサ音が聞こえてくる。今日も開始30秒ほどで、「もう止めて帰ろうかな」という考えが脳裏をよぎった。
 過去に一度だけ、本当に止めてしまったことがあった。その後一か月間、主催者に土下座し続けて、許してもらった。
 そんな過去があるお陰で、ナイロンがカサカサ言おうが淡々とボケ続けられる。

 自分も客もつまらない時間。
 提供したい料理もなく、ただ漠然と料理らしきモノを提供し続ける。
 すっかり萎縮し切っているから、提供のタイミングも分からない。信じられないほどタイミングが悪いと自分でも感じている。
 先輩芸人も、どうアドバイスして良いか分からず、「歌を歌うように間を取れ」と苦し紛れにアドバイスするしかなかった。

 爆薬男は、25歳のとき勤めていた会社を退職し、大学時代の同級生とお笑いコンビを結成した。
 だが、半年後に相方が辞めてしまい、ピン芸人『爆薬男』として再スタートしたのだ。
 前職が爆薬の製造だったため、爆薬の知識はそれなりにあった。それを活かして「爆薬あるある」を言うスタイルに変更した。

 最初は物珍しさもあり、テレビやネットに多少出演することができた。
 だが、エピソードトークの力も大喜利の発想力も全くの普通だったため、数か月で仕事がゼロになった。

 そんな時に声を掛けてくれたのが、「歌を歌うように間を取れ」と今アドバイスをしてくれた先輩だった。このステージに出られているのも先輩のお陰だし、どうにかして恩返しできないものか、と彼は思っている。
 だからこそ、毎回毎回この地獄のような4分間を耐えられているのだ。

 「歌を歌うように間を取れ」

 ステージの帰り途で、彼の頭によぎったのは、「たまの『さよなら人類』」だった。
 「あ、着いた着いたよヤッホ〜♪」という合いの手や、風呂桶の「ッ、トコトント」という軽やかなリズムで、心が少しだけ晴れやかになった。

 翌月。
 爆薬男は「坊主頭にランニングシャツ」という出で立ちで劇場に現れた。
 タダでさえひ弱そうな見た目と相まって、戦後の闇市の子どものような哀愁を醸し出している。

 「四ツ塚!オマエそれいいよ!何だか面白そうだ!」

 先輩芸人の目はきらきらと光っている。
 爆薬男はこの一か月間、バイト中も、家にいる間もエンドレスで『さよなら人類』を脳内リピートしていた。もうあのリズムは身体に沁み込んでいる筈だ。

 先輩芸人が「俺、先に出るわ」と言い出した。
「場を暖めてやる」という心遣いだ。

 だが、館内空調がゴーと響き、ナイロンがカサカサと鳴った。

 でも、その気持ちだけで嬉しかった。

 先輩のネタ終わりまで、あと30秒。

 嗚咽が上がって来る。
 テレビに出ていたとき以来の緊張感に襲われて、自分が今日のステージに賭けていることを自覚した。

 「どーもー。爆薬男ーー、です!」

 いつもと違う雰囲気。
 この扮装で合っていたのだ、と思う。
 導火線には火がついた。
 あとは、「歌を歌うように間を取れ」れば、爆燃からの、爆発に至る。

 スケッチブックを譜面立てに置く。

 「TNT爆薬。」

 「チリチリチリチリ…」

 「あ!アブナイアブナイ!」

 「爆薬は直火で炙っても意外と大丈夫ー!」

 「…はい!
これは意外と大丈夫なんですねーでもこういうことしちゃいけませんね。
…えー、意外と大丈夫でしたー。次!」

 ナイロンの擦れる音。
 いつものイヤーな空気になって来ている。

 「歌を歌うように間を取れ」

 その瞬間、彼の中の何かが完全に弾け飛んだ。

 気付いたら直立不動の姿勢になっていた。
 しかも『さよなら人類』の前奏を口遊んでいた。

 もう止められない。

 「♪二っ酸化炭素をはっきだーしてっ!
あの子が呼っ吸ーをしっているよー!
曇天もよーの空の下っ!
つんぼみのーままで揺れながらー!

ッ、トコトント

今日ー人類がっはじめてぇー
木星に着いたよほー!

あ、着いた着いたよヤッホー!

ピッテカントロプスになる日もー
近づいーたんだよー!

サルに、成るよー…

サルに、成るよー…」

 汗びっしょり。
 目の毛細血管が切れて、白目が赤くなっている。兎にも角にも、全身全霊で歌い上げたのだ。

 時間は丁度、四分。

 ナイロン、の音はない。

 ぴたーと空気が留まっている。

 暗くてよく分からないが、まばらな客の所々は下を向いている。

 最初は所々から次第に全体へと、意味不明の拍手が伝染した。

 笑いはひとつもない。
 だが、客の心を動かしたのだ。

 我に返る。

 「どうもありがとうございましたー!」

 舞台袖に戻ると出演者も裏方さんも、今まで見たことのない顔をしていた。
 先輩が手を差し伸べて来たので、握手をした。

 爆薬男は今ひとつ状況が掴めず、もう片方の手で坊主頭をぽりぽりと掻いた。

(終わり)

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私が「『悲しみの風景』で思い浮かんだ音楽」はなぜか『さよなら人類』でした。

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