掌編小説|ゴブリン問題
(2500文字くらいあります)
薄暗い熱帯雨林の森の中。
150センチくらいの身長で、額の左右にちいさなこぶのある、二足歩行の生き物が歩いている。上半身は裸で、腰に動物の革を巻き、筋肉は発達して僧帽筋が盛り上がり、猫背に見えるくらいだ。
顔は人間のアジア人に似ている。しかし、一般的なアジア人に比べると、目は落ち窪んでおり、口が前に出ている。
これは「ゴブリン」と呼ばれる生き物だ。
このゴブリンは仲間とはぐれてしまい、森をうろついている。この状況は大変危険である。本来ゴブリンは集団行動をとるもので、一体でうろついているこのゴブリンは、森の大型生物にとっては餌である。
だが、どこか楽観的なこのゴブリンは自分だけは大丈夫、と高を括っている。
彼は集団にいた時も、戦いのときには必ず後列に回り、他所ごとのように眺め、解説者然として戦況を見つめていた。そのため危機管理能力が育たなかったのだ。
仲間も、彼の事は元々当てにしておらず、荷物運び程度、という認識でしかなかった。だから集団側も彼を探そう、という動きは起こらなかった。
ひとりとなった彼は時間が経つにつれ、集団に守られていた事実を少しずつ理解した。
水汲みや薪拾いなどのルーチンワークにおいても、役割分担がなされていた事を身を以て知った。
今は全てを自分でやらねばならない。
五味はその瞬間、ゾッとした。
今まで高みの見物だった戦いも、全て自分でやらねばならないと気付いたからだ。そんなことにすぐ気付かない程、五味は今までぼんやり生きてきたのだ。
ところで、「五味」というのは彼の名前である。最初から五味、と書き出していればこんな事にはならなかったのだが、話の途中で突然「五味は」、と書いたらどんな感じになるのか興味が湧き、それだけが楽しみで600文字近くダラダラと書いたのである。
それはいいとして、五味はそんな感じのヤツなのだが、五味、と表記する少し前から、このゴブリンのことを「彼」、という代名詞で示していた。実はゴブリンにも性別というものがあり、五味はメスなのである。では「彼女」とすれば良かったではないか。私も最初はそう思ったのである。それで実際に彼女、と入力したのだが、違和感を覚えたのである。それは上半身が裸、だとか、僧帽筋が、とか書いてしまったことが原因だったのではないだろうか。ゴブリンという生き物はオス/メスに関わりなく、筋肉は発達するものだし、文化的に上半身は裸なのである。確かに乳房などは丸出しなのだが、序盤、これもかなりの序盤で、乳房がどうこう書いた時点で、話の流れがおかしくなり、読者は処理途中の乳房のことを作業メモリに仮置きしながら、集団行動がどうとかの流れを読まねばならなくなる。そのあたりを配慮して、一旦端折って後でまとめて書こう、と考えた次第である。とにかく、五味は、というのをやりたかったし、そこにフォーカスさせるためには、省略、という判断が最善であると判断したのだ。ただ、そこからなし崩し的に、彼女、と書かねばならない所を渋々、彼、と書くことになってしまい、一時的とは言え、嘘をついている私の心は苦しかった。それらは全て、五味は、と突然入れたい、という欲望の迸りの産物なのである。すまないと思っている。
それにしてもなぜ五味はメスなのだろうか。それが一番のガンなのであって、オスでありさえすれば、諸々の問題は起こらず、スムーズに話が進行したのである。
ゴブリンがオスかメスかなどという事は本当にどうでも良く、しかも五味という個体に限って言えば、目は落ち窪み、口は前に突き出しているというではないか。はっきり言ってブサイクの部類である。しかし今、ブサイク、と入力してみて気付いたが、ここにも面倒な落とし穴があったのだ。ルッキズムの問題である。一歩引いて冷静になれば、読者諸兄も瞬時に理解できることなのだが、ゴブリンみたいな架空の生物がブサイクかどうかなど、微塵も問題となるところはない。だが、私は書いてしまったのだ。人間のアジア人、と。決してこの表現に他意はなく、ただ分かり易さを優先して、身近なもので例えただけであり、実際には人間とは似ても似つかない小鬼の類なのだ。だが、小鬼、などと開始数行で書いてしまった日には、またこいつファンタジーに逃げとるな、と思われてしまう、という恐れが人間のアジア人、と例えさせただけである。これもひとえに私のケツの穴の小ささに起因しているのだ。すまないと思っている。謝りたい。とても謝りたい。今にも謝りそう。謝りたい気持ちで溢れている。出来ることなら頭を下げたい。頭を下げて30秒数えてから頭をゆっくり上げたときに、薄らシャくれている顔をする所までシミュレーションは完了している。実際に頭を下げるか下げないかは別として、謝りたい、という気持ちがあることには嘘偽りはない。
しかしながら、どこの誰が「薄暗い熱帯雨林で五味、という名前のブサイクなメス小鬼が乳房丸出しでうろついている」という書き出しで、「お。面白そう」と思うだろうか?今書いて気付いたが、案外悪くないと思った。失敗した。それで良かったのだ。長々と見苦しい言い訳をしてしまった。やはり、下手な演出などすべきではなかった。素直に書くことを旨としていたのに、なんと小賢しいことであろうか。
そういうわけで、五味はサイクロプスという一つ目巨人と鉢合わせになり、持っていた棍棒でぺちゃんこにされたが、どういうわけだか奇跡的に生き延びた、というだけの話で、特に教訓などないのだが、無理矢理つけるならば、仲間を大切にしよう、だとか、何でも他人事だと思っていたら後で痛い目に遭うよ、みたいな所であろうか。
以上の経緯があり、私はぺちゃんこになったため、オスとかメス以前にぺちゃんこ、が先に来るような存在になったのである。とは言え、ゴブリンのメスなんて本当にどうでもいい、とか自虐的な感じで書いたときには、少しだけ心が傷ついた。自分を傷つけて笑い者にするのも程度問題だと感じた。
実は私が乳房丸出しで活躍する様なども書くことは書いたのだが、今回色んな反省点が出たので、「小細工弄せず素直に書くバージョン」に書き直そうと思い至り、今回は出さないでおく。
そんな所で私こと、ゴブリン五味の『おひとり様体験記』を、ひとまず終わろうと思う。
おわり
