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誰が書いてもいい誰が伝えてもいい

こんにちは

真面目に書き過ぎました
ギャップ萌え
でお願いします

では


文章で何かを伝えようとすると

・・・かぶります

誰かがどこかですでおっしゃってたり
本に書いて出版しゅっぱんしていたり

自分がオリジナルで書いたと思っても
どこかで読んだ事を忘れて
書いていたりもします

だからといって
発信する事を躊躇ためらわなくてもいい
わたしはそう思います

なぜなら皆が、同じ所から情報を得るとは
限らないからです
そして皆が同じ情報を得るとも

命は大切

この情報をあなたは誰から得たのでしょう
生まれた瞬間からご存知でしたか

祖父母や両親や先生
まわりの方から学んだのではないでしょうか
山の中で育ったのなら山が教えてくれたのかもしれません

うがいをすると風邪をひきにくいですよ

色んな本に書いてあります
テレビでも流れます
学校のお知らせでも同じ事が書いてあります
病院の待合室にも同じ内容のポスターが
貼ってあります
今わたしも言いました

大事な情報は沢山世に出る

逆に言えば沢山たくさん世に出る情報というのは
大事な事とも言えます

なので自分がこれは大事な事だ
皆に知って欲しいと思ったら
出した方が良いと思います
もう世に出ているとしてもです

資本主義社会なので沢山あるものは
お金に換算かんさんすると価値は低くなります
なので沢山ある情報には価値がないと
とらえてしまったりします

大丈夫です
価値はあります
ですが

ここでいう価値は情報そのものの価値です

金額としていくらぐらいの情報
というものではなく
その情報を受け取った人が役に立った
知りたかった事だったと
喜んで頂けたら

その情報にはそれだけの価値
(人の役に立つ価値)が
あるという事です

どこから、誰から情報を受け取るかは分からない

人との会話から受け取る人も
テレビから受け取る人も
本を読んで受け取る人も
ネット上の記事から受け取る人もいます

ネット上でも、検索して出てきたものを
読んでる方もいれば
noteでたまたま目にとまったから
読んでる方もいます

それでもその情報を知らない人もいます
これだけこの世に溢れてて知らない人が
いるはずがない

そんな事はないのです

皆が確実に知っているのなら
うがいをしましょうという情報は
もう出てこないでしょう


皆が同じ情報を得るとも限らない

言葉というのは人に何かを伝えるとても良い
手段ですが
細かく伝えようとすると情報量が多くなりますし
情報量が少ないと本当に伝えたい事とは
違った解釈かいしゃくをさせてしまう事もあります

本の読み方も人それぞれで
すみからすみまで読む人もいれば
ささっと読む人もいます

分からない言葉を調べる人もいれば
分からないまま読み飛ばす人もいます

つまり同じ本を読んだからと言って
同じ情報を得たとも言い切れないのです


その情報を受け取るタイミングというのも
人によってことなります

子供の時読んで分からなかった事が
大人になって読むと分かる、といった事が
起こるように

人にはその情報を受け取れるタイミングが
存在します

大事な情報は長い間、に出続けます

その情報は同じ人が出し続けるのでしょうか

いいえ、多くの人によって出され続けます
そうして誰もが知るようになる情報だからこそ
大事な事なのです

大切な話は一冊の本にまとめてあったりもする

本屋さんに行けば素晴らしい本が沢山あります
自分にとっての聖書バイブルのような本も見つかる事だって
あります

そんな素晴らしい情報がまった本も
「私は本は読まない」
と固い意志を持っている方には届きません

それでも色んな人が色んな形でその情報を
世に出し続ける事で、本を読まない方にも
人伝ひとづたいに会話の中からその情報を得たりするかもしれません


色んな人が色んな角度から同じことを伝える事で
届くこともある

今までうがいをしなかった人がうがいを
するようになるのはどんな時でしょうか

子供の頃から言われます

うがいは大事だいじだと

それで皆がするようになるのでしょうか


うがいをしない人がいます

その人は色んな人の色んな角度からの
うがいに関しての情報を受け取ります

うがいの効果、風邪の怖さ、うがいとは

色んな情報があります

それでもその人がうがいをする事はありません

ですが

「わたしが予防していれば、わたしは両親を亡くす事は無かった」

誰かの、このような視点からの情報に触れる事で
その人はうがいをするようになります

その方は自分には無頓着むとんちゃくでも自分の両親の為という情報だから受け取れたのでしょう

どういう形でその情報が入って来るか

沢山の情報があふれるから起こる事だと思います


誰かが伝えたから伝えなくていいのか

わたしが読む本はわたしの興味がある本です
それは本として出される程の情報です
わたしの伝えたい事が、わかりやすく丁寧に面白く
読みやすく書いてあったりもします

ある本を読んだ時わたしは
わたしがその事柄ことがらについて書く必要はなくなった
と感じました

その本を読めば伝わるのだからと
その本以上にわたしに書ける事は何も無いと

しかし前述してきた通り

自分が良いと思った情報は出したほうがいいのです

わたしにしか届けられない人もいる可能性は
有るからです

まわりの方に
「この本良いから読んでみて」
読んでもらえた事どのくらいあるでしょうか
そして、読んだ事どのくらいありますか

「これ、わたしが書いたんだけど」
たぶん読んでもらえます
わたしも、読むと思います

素晴らしい本だからといって
必ず読んでもらえるとは限りません

その人に誰が伝えるかも大事なのです


水飲んでる?

「水はこまめに飲んだ方がいいよ」

同じ人からだけではありません
違う人からも何度も言われます

水を飲んだ方が良い事はわたしも知っています
言ってくれる人はわたしが知っている事も
知っています

けれどもその情報をくれます

わたしもその情報をもらったので
水を飲んでなさそうな人に伝えたりします

その情報があふれてるおかげで、しらずしらず
熱中症や脳梗塞のうこうそくを予防できた方もいるのでは
ないでしょうか

わたしが、ある情報を得たいと思い検索すると
誰かが書いていたりしてくれます

その方は前置きに
すでに誰かが書いてるとは思いますが
と書いてらっしゃいました

ですがわたしは既に書かれている記事からではなく
その方の書いた記事から
得たい情報を得ることが出来ました

その方は大事だと思ったから
誰かの役に立つのではないかと思ったから
自分でもその情報を伝えたいと思われたのでしょう

なので大事だと思った情報は
世の中にあふれてて良いとわたしは思います

きっと誰かの役に立つのだから


最後まで読んで頂きありがとうございます


色んな木が集まっていて記事のイメージに合い
使わせて頂きました
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