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カラダの話


バシッと伝えたい事を書く記事も
ゆるやかにのんびり書く記事も

どちらも好きだ

わたしは考えるという事が
好きなので
考えて書く記事は楽しい

けれども、そんなわたしが
あまり考えずに書く、というのも
どんな方向に筆が進むのか
楽しみでもある


心が先に動く

そんな事
気にしたこともなかった

しかし、言われてみれば
アレをしようコレをしよう
と思った事を、体を使ってするわけだ

体だけ先に、また、勝手に動くならば
何かに操られているに違いない
まあいい

體という字をご存知だろうか
カラダと読む

ハモではない
鱧も骨は多いが…
話がズレそうなので、先に進もう

戦時中の資料展などに行くと
当時カラダという漢字には體が使われていた
事が分かる

古武術や武道の世界でも
奥深くに入るにつれて
筋肉も大事だが
骨を使うようになってくる事が多いように
身體カラダ
骨から動く、骨起動なのだ

カラダを動かすという事は
色んな、沢山の骨を動かす事が大事になってくる
つまり、骨が豊かという事だろう
(字そのままだ)

体という漢字が悪いというわけではないが
体という漢字は主に動きが無い体に使われる
◯体や◯体
大丈夫だ、思い浮かんだ字で合ってる
多分、メイビー

なので
體を動かそう、といった言葉には
こちらの漢字の方が意味が近いように感じる

日本語は、言葉と意味について
とても深いところで結びつくように
考えられていると思う


子供の頃は、簡単な漢字の方が
◯を貰いやすいので体の方が良かったが
(ああ、すまない
これは伏せ字ではない、正解の◯だ)

體という漢字も
わたしにはとても深い字に見えてきた
自分の體だが
どこにどんな骨があるかは
よく分かっていない

静かに
ただ、たしかに
わたしは
わたしの骨にお世話になっているのだ

時々、意識を骨にも向けてあげて
感謝したい

ああ、そうか

書いていて
思った事がある
ついでに書き記そう

骨に意識を向け感謝するとは、
仮にそれをして
何になるんですかと
理屈好きのわたしが顔を出し口を挟む

意識を向け感謝すると
骨は喜ぶ、と思う
(そうであってほしい)

が、その想いが強くなると
骨の為に何か出来る事はないだろうか
と、なり

骨形成に必要な栄養素が知りたくなったり
食事に取り入れたりする
つまり
内面の想いが外面に現れる
これは
五常ゴジョウにおける礼ではないか
内面の思いやり(仁)から
外面の行動(礼)に表れる
そんな流れではないかと感じたのだ
(勝手なわたしの解釈である)

なるほど

理屈好きのわたしは
ひとまず納得してくれたようだ
良かった

礼も元々はレイと書く
しめすへんだ

示すという字は自分の中にある考えや
ものを外に見せる(示す)のだ

世の中、実に色んなものにお世話に
なっている
沢山の物や事に感謝し
それを豊かに示す事ができるように
なれたら良いな

と思う今日この頃である


最後まで読んで頂きありがとうございます


画像はみんなのフォトギャラリーから
使わせて頂いております↩

栄養も大事ですが、姿勢も大切だなと
大事な事に気づけました
1枚絵で表情筋が弛んでしまうとは
油断しました
TOMO様、ありがとうございます



↪あとがき

今回の記事は
言葉の事ばかり書いたので
自分で読んでいて
国語の時間かと思ってしまった…
寝てしまった人は
補習があります


こちらです




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