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血液は液体ではない

どういう事だ
血液が、液体ではない

わたしは、この事を聞いた時
思考が停止した
画像もマッチしてないので意味不明だ
下まで読んでもらえたら分かると思うが…

厳密に言うと
単純な液体ではない、という事だ

血液は体の中を流れているが
どうやら、わたしの想像していた
流れ方ではないらしい
流れるというより、動いている
とわたしの中で解釈した

しかし
わたしは研究員ではない
血液の事を専門に語りたいわけではないのだ

息が息がと
息が苦しそうに
わたしは記事に書くが
息と血液循環は密接に関係している

人間が一般的に呼吸すると言えば
空気を吐いて吸う事だろう
これは二次呼吸と呼ばれる
肺呼吸
つまり息だ

二次呼吸?
では、一次呼吸とは何だ

一次呼吸とは
脳脊髄液循環の事だ
後頭骨から仙骨までをポンプのように
上下に循環している
つまり背骨を行ったり来たりだ
わたしは何となくしか理解出来ない
それで良い

ただ、姿勢を正す
と聞くと、背筋を伸ばすイメージがある
上下にポンプ運動をするのなら
真っ直ぐの方が循環しやすいイメージだ
と思う

正座もそうなのか
誰から見て正しい座り方なのかと
疑問に思っていたが
座り方として、正しいのかもしれない

正座で座らせられるのは
反省のイメージがあるが
正しい座り方をする事で
自分を整えろという事なのだろうか

わたしは相対的に物事を見ていたので
見られ方(反省している姿)としか
捉えていなかった

何というか、足を痺れさせる苦行
なのかと

しかし
先人方の伝えや教えというのは
そのほとんどが、人や物や事、等が
より良くなってほしい為のもの
なのかもしれない
そうわたしは思いたいだけだ


三次呼吸は色んな説があるので
ここでは触れないが

人間の体内では循環(変化)が起こっている

肺呼吸によって自然のエネルギーも
体内に循環させる

息は
自然と
繋がっていると言えるのでは
ないだろうか

どのように繋がるのか

吐いて吸う
息が浅ければ繋がりも浅いし
深い呼吸ならば繋がりも深い

またそれは
繋がっているとも言えるし
一緒だとも言える

以前両手の手の平の中で真空は作れない
とつぶやいた

手の平の中に何も無い空間を作るだけだ
作れそうだ
しかし、作れない
空気が入ってくる

わたしは憶測で言っているが
肺もそうだと思う
吐いた息
吸う息
空気から見れば
肺に入る空気
出る空気

わたしと空気でその空間は満たされている

わたしの体と空気、と分ければ
別に思えるが
双方をエネルギーとしてみると
一緒に
一つになっていると思える

しかし
わたし、を意識した途端
その事を忘れる
心を亡くすと書く

わたしが
わたし我

わたしは我を出しやすい
記事を書く時に頭で考えながら
書いている時もある
それが悪いと言いたいわけではない

考えている時は感じる事が出来ない
誰がわたしの考えを聞きたいのだろう
いや、聞きたい人もいるかも知れない
いてくれ

けれども、どちらかと言うと、他者が
感じた事を、読みたいのではないだろうか
わたしも、感じた事を書きたいのでは
ないだろうか

わたしが書こう書こうと
頭で考えている時
わたしは感じる事を
忘れてしまっている

心が亡ければ感じる事は出来ない
わたしは感じるように生き
そこで感じた事を書き
読んでくれた方に
わたしの感じた事を感じて欲しい
のかもしれない

それが伝わった時
わたしは嬉しいだろう
想いが伝わるという事は
心が通じるという事ではないか

わたしは勢いに任せて憶測で喋ってる
来年は違う事を言ってるかもしれない

[独生独死][独去独来]
人は
「独り生じ、独り死し、独り去り、独り来たる」
という言葉がある

一時的だとしても
独りじゃないと思える想いを残せるなら
わたしがnoteを書く意味は
あるのかもしれない

先人方のように何か良いものも一つでも残せたら…

うん
難しい

なのでじっくりゆっくりだ

この記事も、もはや血液の話
ではない

タイトル変えようかな


最後まで読んで頂きありがとうございます


表現上の為、断定した言葉使いがありますが
読み物として楽しんで頂けると幸いです


noteは半年経つと初心者と見なされなくなる
と、どこかで読んで書いた事がある
最近のお知らせで9ヶ月経っていた事を知った
わたしはまだ初心者でいたい

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