手放して繋がる
わたしの中で変化が起こっている
色んな事を手放す
それが自分の心を軽くしてくれる
それは色んな方の考えや想いに触れることが
出来たからだ
自分の状態が良いことは
まわりにも良い影響を与えられるはずだ
そうであってほしい
自分で自分を律する事は
思っているより難しい
したい事は自分の中から出てくるものだし
それが自分だ
と思う
そんな時、いろんな情報や現象が自分に
やってくる
言い方が合ってるかは分からない
それは
それで良いよと肯定してくれるものだったり
考えてみたほうが良いよと振り返らせてくれたり
やめたほうが良いよと止めてくれるものだったり
わたしは我が強い
我が強いのは悪い事ではないと思う
わたしの中で我≒欲(煩悩)≒人間、なので
良い意味で人間らしいという事だ
けれども我が強い分、自分以外との分離が起こる
わたしはこうだ、わたしはこういう人だ、わたしはこういう考えだ、これまで記事で書いた分
わたしとわたし以外を分けている
ように自分では感じる
わたしは手放しづらい
例えだが、わたしは大きな川の一部にすぎない
だが我が強めのわたしは自分というものを欲しがる
だから、川の流れから飛び出し、岩の窪みに
水たまりとして存在する
もうわたしは川ではない
水たまりという存在になれた楽しい
そんな時
それで良いよと肯定してくれるものだったり
考えてみたほうが良いよと振り返らせてくれたり
やめたほうが良いよと止めてくれるものだったり
自分の中からは出てこないものに
触れさせてもらえる
わたしが、イヤだ!オラはまだ水たまりで
いるんだい!
と
我を通せば、水たまりでいることが出来る楽しい
だが水たまりはいつか腐るか干上がる
なので、川には戻った方が良いのだ
わたしはたびたび、このようにして
自分の進む道を考えさせてもらう
おそらく、自分の我のまま進むと
川に戻れなくなる
戻った方が良いよ
そんな言葉を大切にしたい
自分が手放したくないものほど
強い我だと
わたしの中では思っている
そして、離したとしても
自分というものはなくならない
わたしは今まで色んなものを手放してきて
そう感じた
わたしがわたしでなくなる、それが恐い
そんな事は、ありそうで
ない
突然だが
ベジ○タはプライドの塊だ
プライドを捨てる事がどうしても出来なかった
しかし、どうだろう
ある闘いの後
ベジ○タは変わったように見える
だが、だからといってベジ○タではなくなるのか
それは変わらない
嫌がるのもナ○パくらいのものだろう
むしろ、その過程がある事で
ベジ○タは次のステージへ上がり
わたしはベジ○タを好きになった
○があるとこんなに読みにくいとは
わたしの容姿はこうで、能力はこうで、考えはこうで、たとえその全てがなくなったとしても
わたしはわたしだ
なので、手放せなくて苦しいのなら
手放して心を楽にする
それで良いのだと思う
苦しくても手放さない
それも良いのだと思う
自分で選択する事が出来る
わたしのように、離す事が恐い人もいるかも
しれない
わたしは離していく内に感じた
そうして色んなものを手放して
残ったものが
わたしなのだと感じた
最後には、何も残らないかもしれない
そうか
わたしというものはない
そんな答えが出せたなら
きっと満足するだろう
また川に戻るのだ
それが
手放して繋がる感覚、だと
わたしは思ったのだ
最後まで読んで頂きありがとうございます
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