[掌編小説] 恨みたかろうとも
昔——
素っ裸で、家を追い出されたことがある。
何があったのかは、まったく思い出せない。こんなときは、いつだってそうだ。
逆に覚えていることもある。
その少し後に幼稚園に行きたくないと駄々をこねる僕を父が突き飛ばし、僕のお尻が父の勤続表彰でもらった賞状入りの台座つき目覚まし時計に衝突し、更に泣き出したが台座がわれて父が凄いショックをうけているのを横目で、内心爆笑しながらバレないように泣き続けるふりをした。
ボンドで繋ぎ止められたその台座を見るたびに少しあったかい気分になった。
今でも思い出すとほくそ笑むが、人が取り返しのつかないことをした時の表情をはじめて見た瞬間だった。
父は8人兄弟で男2女6下から3番目の次男。
祖母が99歳で亡くなった時、檀家筆頭で、3人のお坊さんに送られて、参列者が500人をこえていた。
喪主はもちろん、長男の叔父だった。
葬儀の間、彼は終始泣いていた。
祖母の棺に蓋がされる瞬間、「おふくろ〜!」と、声を絞り出すように嗚咽して叫んだ。
そのとき父は、外にいた。
棺を受け取る準備のために靴を履き、集まっていた親族の中にいて、甥と何の話をしているのか、大声で笑っていた。
火葬場へは、皆がバスで移動した。
父は「車がいるから」と一人で向かおうとしていたので、僕も同乗することになった。
駐車場までの道すがら、久々に下駄箱から引っ張り出された僕の靴の底が、ベロンと剥がれ落ちた。
二人で大笑いした。
まぁ、よくある話だ。
火葬場に着くと、もう一度お坊さんの説法が始まった。
父は、僕の目の前の席に座っていた。
ふと視線を向けると、
甥っ子の子供の背中を、ツンツンと指でつついていた。
振り返った子どもに、何食わぬ顔で正面を向き直る——
よくあるベタな悪戯。
いつもは寡黙で、怒ると怖い父なのに。
そのとき、ふと思った。
「ああ、父は“次男”という役を、彼なりに演じてきたんだ」と。
それはまるで、
誰にも自分を気にかけてもらわぬよう、
わざと演じているようにも見えた。
もしかすると本当は、喪主として、あの場に立ちたかったのかもしれない。
でも、そんなことは一言も言わず、ただ、祖母に心配をかけたくなかった——
それが、父なりの愛情表現だったのかもしれない。
遡ること十年。母の兄、つまり僕の伯父が亡くなった時のことだ。
その伯父は次男で、生涯独身だった。
若い頃から体が弱かったらしいが、驚くほどの美男子で、
亡くなる直前の入院中ですら、看護師たちの間で人気者だったという。
長男はすでに他界していて、その息子が喪主を務めると思われた。
ところが、養子に出ていた三男が戻り、彼が喪主を務めることになった。
ちょうどその頃、僕の姉はア⚪︎ウェイにのめり込み、多額の借金を抱えていた。
どうやら、その三男に助けを求めていたらしく、父への態度が、目に見えて冷たくなっていた。
内輪だけの、こぢんまりとした葬儀だった。誰もが気を遣いながらも、どこかで腹の底を探るような空気が漂っていた。
その最中、父がいつものパーマをやめていたことに気づいた三男が、小声で、しかし確かに聞こえるように言った。
「パーマあてる金もないのか?」
僕は、その光景を少し離れたところから見ていた。父が何も言い返さなかったのは、聞こえなかったからか、それとも、聞こえていたけれど応じる必要すら感じなかったのか。
いずれにせよ、その場にいた僕は何もできなかった。
葬儀の後、亡くなった伯父の家に向かった。
親族たちは誰に遠慮するでもなく、まるで相続の順番を競うように家財を漁りはじめた。
その中で、父は母にだけ小声でこう言った。
「お前は何も持って帰るなよ」
父は何ひとつ手にせず、皆に挨拶をして家を出た。その背中を見送る瞬間、僕は人生で初めて、光景に言葉を失った。
三男が、父の背に向かってつぶやいた。
「バカにしやがって……」
そして痰を吐こうと、「カッ、ペッ‼︎」とやったその瞬間——
唇が弱っていたのか、痰は自分の足元に落ち、慌てて避けた拍子に、
電柱に頭をぶつけていた。
衝撃と笑いが同時にこみ上げた。
僕はそのとき初めて、
「ああ、ダサい大人って本当にいるんだな」と思った。
三男が亡くなったと聞いたとき、
僕の中には、不思議なほど怒りも悲しみもなかった。
母は「子供たちは弔電だけでいい」と言った。
姉は「いちばん安いのでいいじゃない」と、値段以上のものを吐き捨てるように言った。
僕は、なぜか迷わなかった。
すべて水に流そう。
そう思って、
水引きの装飾が美しい、少し立派なものを選んで送った。
後日、母から電話があった。
「あんたのが、一番に読まれたよ。ありがとう」
母もまた、
長年抱えていた複雑な感情を、どこかに納めたかったのだろう。
その小さな儀式のようなやりとりで、
僕たちは少しだけ、大人になった。
