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32歳。無意識に洗濯を増やす。

① クローゼット消失事件

夏の旅行は、とにかく荷物が多い。

一泊二日。

子ども2人分の着替えは、
8組×2人分
16組

1日3回の着替えに加え、
1日1組ずつの予備まで持っていく。
そのうち1組は水着。

数え漏れで、予備水着まであった。

大人だけなら、
ヨーロッパ旅行に行けそうな枚数である。

今、必死に準備している。

クローゼットは、ほぼ空になった。

② 当たり前だった習慣

準備をしながら、ふと思った。

そういえば私は、
一度脱いだ服を、もう一度着せない。

プールの日もそうだ。

朝着てきた服を脱いで遊び、
帰りは新しい服に着替える。

それが、当たり前だった。

③ 少数派かもしれない

でも、よく考えたら、
朝着てきた服を、そのまま帰りに着ても困らない。

汗をかいていても、
泥だらけでなければ普通に着られる。

毎回新しい服を持っていく方が、
少数派なのかもしれない。

④ 合理性より快適性

帰り用の着替えを持っていけば、
荷物は増える。

洗濯物も増える。

合理性は、あまりない。

それでも私は、
どうせ着るなら洗い立てがいい。

朝着ていた服には、
汗や汚れが少しずつ付いている。
あの、ジメッと感が私は苦手。

だから帰りは、
新しい服を着せたくなる。

⑤ 無意識の価値観

今まで深く考えたことはなかった。

無意識だった。

「洗い立てを着る。」

それが当たり前すぎて、
選択している感覚すらなかった。

⑥ 自己分析の結果

私は洗濯嫌いのはずだった。

しかし、自己分析をしてみると、
案外そうでもないらしい。

洗い立ての服が好きだから、
気づけば自分で洗濯物を増やしている。

しかも、
子、子、母、と、3倍速で。

ただし、その愛は洗濯機頼みである。

ちなみに、私が欲しかった許容量の洗濯機は、
店頭に存在しなかった。

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