高麗神社へ
かねてより行かなくてはと思っていた「高麗神社」、ある夏の日、友人の計らいでようやく参拝する機会を得た。
JR立川駅から青梅線にのって拝島まで行く。そこから八高線に乗り換えて高崎方面に向かうのであるが、八高線は生まれて初めてではないだろうか。幼年時代鉄ちゃんだった私は1970年頃までこの鉄路に蒸気機関車が走っていたことを覚えている。
今はもちろん電化されているが、なんと昼間は1時間に2本しか運行していない。単線なのである。電車が駅に到着すると、横のボタンを押してドアを開け、車内に入ってボタンをしめる。冷気が逃げないようにするのである。
やがて電車が動き始める。しばらくは住宅街を北に向けて走るが、埼玉県に入り、東飯能駅が近づくと一気に丘陵と緑が増えてくる。この辺りはゴルフ場も多い。左右上部から伸びる枝葉を払いながら電車が進むと、ほどなくして高麗川駅に着いた。高麗神社最寄りの駅である。

西口の改札を出て、昼ご飯を食べようかと駅前を探索するが、店は韓国料理屋とケバブのお店、高級そうなうなぎ屋ぐらいしかない。気さくそうなケバブの店に入ると、トルコ人あるいはクルド人と思しき若い男女が出てきて、流ちょうな日本で「何になさいますか」と聞くので、ケバブサンドとアイスコーヒーを注文する。ケバブを食べるのは2度目であるが、ピリ辛のソースに肉のスライスとキャベツの千切りが良く合って美味い。「美味しかったよ。おつりは要らないよ」と言って1000円渡すと、喜んでくれた。
さて、目的地までは歩いても行けないことはないが、この猛暑の中、やはりタクシーにする。片道900円で手頃なお値段である。
高麗川をこえると、いよいよ目的地の「高麗神社」に到着した。正面から見ると、きれいに掃除がしてあって清楚な感じがする。正面右側に高麗神社と書いた石碑が建っているので、横を見ると何と南次郎書とある。戦前朝鮮総督を務めた陸軍大将である。

最初の鳥居をくぐって、次の鳥居で待っていると友人がアレンジしてくれた女性の神主さんが現れ、境内を案内してくれた。
高麗神社の由来は名前から明らかなとおり、朝鮮半島と強いつながりがある。
666年、飛鳥時代、天智天皇の時代であるが、高句麗から若光(じゃっこう)という王族が日本に滞在していた。当時朝鮮半島は、北側の高句麗と南東部の新羅、そして南西部の百済の3国に分かれ、お互いが競い合っていた時代である。高句麗は唐と新羅の連合軍によって挟み撃ちに会い、若光は援軍を求めに日本に来ていたのである。
しかし、高句麗は668年に滅亡し、若光は日本に亡命を余儀なくされる。その後彼は朝廷から王の姓を与えられる。一方で、当時、駿河、相模、甲斐など7つの国に分かれて住んでいた高麗人1,799人がこの地、つまり今の埼玉県日高市にあたる武蔵国の高麗郡に移住し、高麗王若光がこの高麗人たちのリーダーとなって面倒をみることになったのだ。

若光の死後、住民がその徳を偲んで、その霊を祭ったのが高麗神社の始まりだという。この神社の宮司は代々若光の子孫が務めてきているが、なんと今の宮司は60代目!家系図のレプリカが展示してあったので、写真を撮った。

さて、境内の見学が始まる。先ず入り口左手にある参拝者芳名録を見てびっくり。太宰治、壷井栄、坂口安吾を始めとする著名な作家、有名な政治家、軍人、芸能人、歴代駐日韓国大使ほか、在日コリアンの著名人らの名札が掲げられている。ちなみに坂口安吾は、「高麗神社の祭りの笛」というエッセイを書いており、無料で読むことが出来る。→坂口安吾 安吾の新日本地理 高麗神社の祭の笛――武蔵野の巻――

そして境内には皇族の方々の植樹・記念碑があちらこちらに。今の上皇様ご夫妻も平成天皇の時に、そして今の陛下も皇太子の時にこちらに参拝・植樹されている。朝鮮李王朝最後の李垠(イ・ウン)皇太子がお妃の方子様と一緒に植えられた樹木と記念碑もあった。

また、この神社にはのちに総理大臣に出世する政治家が何人も参拝しており、出世の神社とも言われているそうである。本殿で参拝すると、右側に「高麗王」と銘打った酒樽が積み上げてある。気になって神主さんに聞くと、近くに蔵元があるというので、立ち寄ってお土産に持ってかえる。江戸時代末期創業の由緒ある蔵元ということである。

そのあと奥にある高麗家住宅を見学。国指定の重要文化財である。なんと、もともとは慶長年代(1600年前後)に建てられた住宅であるという。中の土間に入ってかまどなどを見ると、自分の幼年時代の実家を思い浮かべた。

なお、この家のそばにあるしだれ桜は樹齢約400年だという。この住宅が建てられたころに植えられたのであろう。悠久の歴史と日本と朝鮮半島の深いつながりを実感した1日であった。
最後にどうしようか迷ったが、けっきょく坂道を登って水天宮までお参りした。途中木々の合間から見える街並みの展望が素晴らしい。
次は桜の季節にまた来てみようと思う。(おわり)

