見出し画像

私の江戸時代の見え方が変わった話〜朱子学と松平定信〜

先週末、ご縁があり江戸思想を研究・発信されている方のお話を伺う機会があった。

正直、その方のお話を聞く前の私は、「江戸時代=戦のない約200年と町人文化の時代」という程度のイメージしか持っていなかった。
どちらかというと「平和ボケして外を見なくなった結果、ペリー来航から一気に明治維新へ」という、ざっくりした理解だったと思う。
将軍の名前やドラマは知っていても、それはどこか自分とは遠い世界の出来事のように感じていた。

ところが、その方が語ってくださった江戸時代は、もっと地に足のついた、人々の暮らしや思想が息づく時代だった。
私たちが今「学校に通って読み書き算盤を学ぶ」のを当然と思っているけれど、それは江戸時代以前には当たり前ではなかった。
(もちろん江戸時代に識字率が100%だったという意味ではない。)
むしろ安土桃山時代には、海外へ奴隷として売られる人もいたほどの混乱期だったそうだ。

だからこそ徳川家康は、「誰もが安心して暮らし(経済的自立)、自律して生きていける(精神的自立)社会」を目指したのだという。
その中で、中国から伝わった朱子学を日本の風土に合わせ、「人倫(人と人との関係)」と「倫理(それぞれの役割)」を大切にする思想として根づかせていった。

歴代の将軍や家老(今でいうブレーン)たちは、その根底にある朱子学の精神を受け継ぎながら政策や教育を進めていった。
それがやがて、「お天道様が見ている」という日本古来の自然観や道徳感覚と融合していく。

そして江戸中期、天明の大飢饉の際に若くして登場した松平定信による寛政の改革は、まさに家康が理想とした「すべての人が経済的にも精神的にも自立した社会」を再び取り戻そうとする試みだった。
「民に信じてもらえる政治を行う」「民が潤うために国は質素倹約を心がけ、余剰を再投資する」「農民も商人も報われる仕組みをつくる」——聞けば当然のように思えるが、それを本気で考え、やり抜いた松平定信という人物の凄みが伝わってきた。

お話はさらに続いたが、これまで抱いていた江戸時代のイメージが覆され、気づけばあっという間に2時間が経っていた。

同時に、「安心して生きられる社会を築こう」と尽力してきた人々の積み重ねの先に、自分が生きているのだという実感が込み上げた。
昔の私は「誰も自分をわかってくれない」と拗ねていた時期もあったが、少なくとも“みんなのことを思って行動した人たち”が確かにいて、その思想が朱子学などを通して少しずつ社会に根づいていった。その延長線上に、今の自分がいる。
そう思うと、誰もが誰かに愛されて生きてきたのだと、改めて腑に落ちた。

歴史を学ぶと、こうした「積み重ねの感覚」を感じる。
それが、自分も「何かを積み重ねる側になりたい」と思う原動力になっている気がする。

先人たちの積み上げを大切にし、私も小石でいいから何かを積み上げられる人になりたい——そう思えた時間だった。

松平定信についても、改めてじっくり書いてみたい。
「大成する人は子ども時代に必ず苦労している」という言葉を、また一人、体現している人物だった。
いつか和歌山や水戸にも訪れてみたい。


いいなと思ったら応援しよう!

まなみ from Lutra よろしければ、サポートをいただければ、私とっても嬉しくて、更に自分に素直に、もっと多くのことを学び、文章を書くことを頑張れます。 感謝を胸に精進し、みなさんの心に残る記事を全力でつくりあげてまいりますので よろしくお願いいたします。