知られざるポルシェとVWの複雑な関係性とは?資本の歴史
ポルシェとVWの深い絆の始まり
ドイツを代表するスポーツカーメーカー「ポルシェ」と大衆車メーカー「フォルクスワーゲン(VW)」。一見すると技術的にも顧客層も異なる両社だが、実は創業時から深い絆で結ばれている。
この関係は1930年代、フェルディナント・ポルシェ博士がフォルクスワーゲン・ビートル(タイプ1)を設計したところから始まった。当時のドイツ首相アドルフ・ヒトラーの依頼を受け、国民のための手頃な車「フォルクスワーゲン(人民の車)」の開発に着手したのだ。

1931年、ポルシェ博士は息子のフェリー・ポルシェとともにシュトゥットガルトにポルシェ設計事務所を設立。その3年後、ヒトラーからの依頼を受けて国民車の開発を始めたのである。このプロジェクトが後に「カブト虫」の愛称で親しまれ、単一モデルとしては世界最多生産記録を打ち立てる名車となった。
ポルシェ博士は国民車の設計をしながら、もうひとつの夢を抱いていた。それは、この国民車のエンジンやサスペンション、ステアリングギアなどのパーツを用いたスポーツカーの開発だった。
戦後の発展と初期のポルシェ車
第二次世界大戦後、ポルシェ博士はフランス軍に逮捕されてしまう。ナチスに協力して戦車や軍事車両の開発をおこなった戦犯と見なされたのだ。
2年にわたる収容所生活の間、スポーツカー構想を推し進めたのは、息子のフェリー・ポルシェとカール・ラーベだった。ポルシェ博士が釈放された後、彼らはポルシェ356の開発を進めた。

1948年、ポルシェ研究所で試作された初のポルシェ市販モデル「356」は、翌年春のジュネーブショーで鮮烈なデビューを飾った。多くの人が知っているように、最初のポルシェ356は、フォルクスワーゲン製の369型水平対向4気筒OHVをベースにした1.1リッターエンジンをリアに搭載していた。
サスペンションもフォルクスワーゲンのタイプ1(ビートル)と同じトレーリングアームと、横置きトーションバースプリングの4輪独立懸架だった。このため、ポルシェ356を生み出した「父」はポルシェ博士、「母」はフォルクスワーゲンと呼ぶ人も少なくない。
ポルシェ博士は1951年に亡くなったが、彼の遺志を継いだフェリー・ポルシェによって、ポルシェは高性能スポーツカーメーカーとして独自の道を歩み始めた。一方、フォルクスワーゲンはビートルの大ヒットにより、大衆車メーカーとしての地位を確立していった。
資本関係の変遷と複雑な歴史
ポルシェとフォルクスワーゲンの関係は、21世紀に入ると新たな展開を見せる。2000年代後半、ポルシェはフォルクスワーゲンの株式を大量に購入し始めた。
2005年、ポルシェはフォルクスワーゲンの株式20%を取得。さらに2008年までに43%まで比率を上げ、フォルクスワーゲンを傘下に収めようとした。

しかし、この買収計画は思わぬ方向へ進む。世界金融危機の影響もあり、ポルシェは資金繰りに苦慮。結果的に2012年、フォルクスワーゲンがポルシェの株式をすべて取得し、ポルシェはフォルクスワーゲングループの完全子会社となった。
皮肉にも、「親会社になろうとした会社が子会社になってしまった」という歴史の逆転現象が起きたのだ。
この複雑な関係の背景には、ポルシェ家とピエヒ家という二つの家系の存在がある。フェルディナント・ポルシェの息子フェリー・ポルシェと娘ルイーゼ・ピエヒの子孫たちが、両社の経営に深く関わってきたのだ。
特に、ルイーゼの息子フェルディナント・ピエヒは、フォルクスワーゲングループの発展に大きく貢献した人物として知られている。
現在のフォルクスワーゲングループの規模と傘下ブランド
現在、フォルクスワーゲングループはドイツのニーダーザクセン州ヴォルフスブルクに本社を置く世界有数の自動車メーカーグループだ。中核となるフォルクスワーゲンを筆頭に、実に12のブランドを傘下に持つ。
2018年には全世界で過去最高のグループ総販売台数1,083万台を記録。トヨタと世界販売台数でトップを争う巨大企業に成長した。

フォルクスワーゲングループの傘下には、アウディ、ベントレー、ブガッティ、ランボルギーニ、ポルシェ、セアト、シュコダなどの名だたる高級自動車メーカーが名を連ねている。
特に注目すべきは、ポルシェが2012年にフォルクスワーゲングループの完全子会社となった一方で、ポルシェSE(ポルシェ・オートモービル・ホールディング)が2020年12月時点でフォルクスワーゲンの株式の31.4%、議決権の53.3%を保有していることだ。
つまり、ポルシェはフォルクスワーゲングループの子会社でありながら、ポルシェSEを通じてフォルクスワーゲングループの筆頭株主でもあるという、非常に複雑な資本関係が成立しているのである。
両社の技術共有と未来への展望
ポルシェとフォルクスワーゲンの関係は、単なる資本関係にとどまらない。両社は長年にわたり技術やプラットフォームの共有を行ってきた。
たとえば、ポルシェの「カイエン」はポルシェ初のSUVで、フォルクスワーゲンの「トゥアレグ」と共通のプラットフォームを使用している。また、ランボルギーニの「ウラカン」はアウディの「R8」と兄弟車の関係にある。
このような技術共有により、開発コストの削減と各ブランドの強みを活かした製品開発が可能になっている。
現在、自動車業界は電気自動車へのシフトという大きな変革期を迎えている。フォルクスワーゲングループも電動化に積極的に取り組んでおり、ポルシェも「タイカン」という電気スポーツカーを発売するなど、次世代モビリティへの対応を進めている。
両社の関係は今後も続き、それぞれのブランドアイデンティティを保ちながら、研究開発や市場戦略で協力し合っていくだろう。フェルディナント・ポルシェのビジョンから始まったこの物語は、今日もなお進化し続けているのだ。
ポルシェとフォルクスワーゲンの複雑な関係は、創業者の夢から始まり、戦争や経済危機を経て現在に至る壮大な歴史絵巻である。両社の歩みは、自動車産業の発展そのものを映し出す鏡でもあるのだ。
フォルクスワーゲングループの詳細や各メーカーの人気中古車については、こちらの記事で詳しく紹介されています。
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