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ぼくらはやっぱり、缶が好き。

 この度、本を出版することになりました。ノウハウが詰まったビジネス書でも自叙伝でもありません。愛知県大治町にある「側島製罐(そばじませいかん)」という缶メーカーが2026年4月21日に創業120年を迎え、その120周年を記念する社史です。周年事業の社史を販売?というのがこれを聞いた方の率直なご感想なのではないかと思います。1年前まで自分もまさか中小企業の社史を出版することになるとは想像もしていませんでした。しかし今回、社史なのに社史に見えない「買いたい!」と思っていただけるような魅力的な書籍をつくることができたのではないかと自負しています(もちろんご登場のみなさまにお力添えいただいたお陰です)。

今回は、僕らがなぜ「社史を出版する」という挑戦をしてきたのか、その先の未来に何を見ているのか、社史や実施中のクラウドファンディングには書ききれなかった自分たちの想いを書いていこうと思います。


うちの会社の社史なんて誰が読むのか

翌年に会社の120周年を控えていた2025年の1月、僕は悩んでいました。周年事業なので社史をつくろうと思ったのですが、その意義が全く見出せていませんでした。周年事業と言えば社史をつくるのがお決まりです。自分も事業承継をしたときに過去の記録が全然ないことで苦労したこともあり、やっぱり何らかの形で歴史をまとめたいなとは思ってはいました。しかし「社史をつくったとして、読者は何人いるんだろう…?」という素朴な疑問を抱いて悩んでいました。

考えてみればそもそも全国には300万社以上中小企業があるわけで、その個別の企業の歴史をまとめたところでよほどその業界に精通してる方や会社の関係者でもない限り興味を持つことも難しいですよね。経営者や長年働いてくれている社員にとっては大事な記録なのかもしれないけど、下手したら社員ですら一瞥して本棚にいれてしまうのではないか、もらったところで捨てるに捨てられなくて処分に困るのではないか、仮に出来上がるものがそんなものだとしたら大事な会社のお金と時間を使って作る意味があるのだろうか、そんなことを悩んでいました。

社史とは誰のためのものなのか

悩みに悩んでいたところで改めて原点に立ち返ってみると、今回は120周年という記念で社史をつくろうと思いはじめたわけです。周年事業のお祝いとは一体誰のためのものなのでしょうか。事業というのは自分たちだけでは続けることはできません。一緒に働いてくれる社員がいて、そのご家族がいらっしゃって、取引してくださる会社さんがあって、そうやってたくさんの方々に支えていただいてきたからこそ事業を長く続けてこられたのであれば、何らかの形でその恩に報いたり感謝を伝えるのが周年事業の意義なのではないかという思いに至りました。そうなると「社史」の役割はその感謝を記録に残すことになります。自分たちの事業の功績や成果を記録するようなものではなく、今まで会社に関わってきてくださったみなさまが心から喜んでくださるようなもの、そんな社史をまずは目指してみようと考えました。

笑って流されると思っていた銀座の夜の妄想

とはいえ、やはり悩みます。どこまで行っても社史は社史だし、そもそも自分たちは本をつくることすらやったこともなく、本当にそんなものをつくって喜んでもらえるのだろうか…そんな考えを堂々巡りさせていたタイミングで、たまたま友人とご飯を食べる機会がありました。2025年2月12日。場所は銀座の「黒猫夜」というお店でした。食事の席で、「最近どんなことしてるんですか?」という話になり、なかなか現実味がわかず悩み続けていた社史のことをぼやきのように口に出していました。

「来年120周年で社史をつくろうと思うんだけど、どうせならかっこいい社史にしたいんですよね。雑誌みたいに気軽に読める内容で、もらって嬉しい!ってなるものがいいなあ。」

中小企業の社史をかっこいいだの気軽に読めるだの、改めて考えてみてもパッと聞いてもイメージが湧かない荒唐無稽なことで、せいぜい「へーできたらいいですね」と笑って流されるくらいかなと思っていました。ところが、彼女は僕の言葉を一切否定せず、間髪入れずにこう言ってくれました。

「え、いいじゃないですか。だったらタイトルは『ぼくらはやっぱり缶が好き』で決まりですね。」

まさか肯定してもらえるとは思ってもいませんでした。もしかすると彼女は何の気なしに対岸から同調していただけだったかもしれませんが、その一言で僕は自分がずっと悩んでいたことはすっかり吹き飛んでしまいました。気付けばどんなサイズにするか、カラーかモノクロか、どんな雑誌を目指すのか、どうせなら売れるくらい魅力的なものをつくればいいじゃないか、と考えを巡らせたり話したりしたところで、興奮冷めやらぬまま二軒目の喫茶店に向かっていました。この時に話していた友人というのが今回の社史の編集・撮影・執筆を担ってくださった出川光さんで、振り返ってみればこの社史の企画の一人目の仲間が生まれた瞬間でもありました。そして「もらった人がとびきり嬉しくなるような、お金を出してでもほしくなる社史をつくる」という挑戦を決意して、本格的に企画を進めていくことになります。

感謝を貫いた先に見えてくるもの

「買いたくなるくらい面白い社史をつくる」と決めたものの、本をつくったこともなく、どんな企画にすれば読者の方に楽しんでいただけるのだろうかと改めて悩みます。世の中には素晴らしい本がすでにたくさんあります。素人が頑張って情報誌のようなものをつくったところで、耳目を集めることは叶いません。ましてや「社史」ですから、側島製罐の120年の年表がつらつらと書かれていたり、最近の側島製罐でつくっている缶が書いてあるだけでは、他の本と比較して物足りなく感じるのは明らかです。

そこで、まずは世の中にどんな本があるのか、本とはそもそも何か、どんな本だったら思わず手に取ってしまうのか、本のことを見つめ直すために東京の蔦屋書店に足を運んでアイディアを膨らませることからはじめました。出川光さんが企画してくださったワークショップです。最近ではZINE(ジン)と呼ばれる個人制作の小冊子もたくさん出ていて、ニッチなテーマだったり装丁に意匠を凝らしたり、表現の方法は幅広く参考になる本がたくさんありました。

他の事例となる本や紙質の見本をあれこれ試しながら出川光さんやデザイナーの方々と打ち合わせをする中で、だんだんと目指す本の輪郭が見えてきます。「缶の写真は大きく載せたいからできるだけ大きい本にしたい」「缶の工場の専門用語とか面白いのでは」「大事なものを入れる缶みたいに堅いカバーがいいよね」。自然に心から湧き出た自分たちの言葉は、120年間つくり続けてきた「缶」への愛と感謝の気持ちがいっぱいでした。今回の社史では側島製罐に関わってきてくださった皆様に感謝の気持ちを伝えるだけではなく、「缶」という製品そのものに対しての感謝を示す機会でもあるのだとこのとき確信しました。

何も否定しない、何も諦めない

社史の制作を進めていく中で編集の出川光さんから「誰かこの社史に登場してもらいたい人はいますか?」というご提案をいただきました。例えば知り合いのクリエイター、芸能人、アーティストなど、できれば名の知れた方で、缶について語ってくださる方が良いとのこと。しかしながら、愛知県の大治町という秘境で誰にも知られず缶をつくり続けてきた側島製罐にはそのようなコネクションはありません。有名な人と言われて思いつく方はいても、「缶」との接続がなかったり、そもそも名前を聞いたこともない中小企業から声をかけられたところで迷惑なだけではないかという気持ちを乗り越えられるほどの感情にもたどり着けず、そうこうしているうちに期限が迫ってきました。

実現可能性を一旦無視して、改めて自分なりに考えてみました。僕らが日々つくっている缶は、いつも中は空っぽです。缶の中に何を入れるのかはお客様や二次利用される方次第なのですが、僕ら缶屋はその中に何が入っているのかをずっと探求し続けてきました。僕らが120年つくってきた缶とは何なのか、缶で生まれる空白をなぜこれほど有難がるのか、なぜ大事なものを缶の中に入れたくなるのか、その”余白”へ問いに眼差しを向けてみると、もうこのお二方しかいない、という2名のことが思い浮かびました。原研哉さん俵万智さんです。原研哉さんからは、白や余白という日本人らしい感性・歴史の中で膨大に蓄積された価値を再発見する眼差しを、俵万智さんからは短歌という言葉を選び抜くことで生まれる余白の宇宙のような表現を、それぞれ「缶」に向けていただいてお言葉を賜ることはできないかという思いに至りました。

とはいえ、相手が相手です。お金を払えばお仕事を受けていただけるなんてことは絶対になく、まずそもそも相手にしていただけるかどうかすらわかりません。身分不相応であることは重々承知した上で、それでもこのお二人に絶対にご登場していただきたい、という無謀なお願いを編集の出川光さんに提案してみました。

「じゃあ、石川さんは依頼文を書いてください。私は趣意書をつくります。」

彼女はこのときも僕の話を一切否定しませんでした。当然、その難易度の高さは業界に精通している彼女は熟知していて、それが夢物語のような話だということも分かっていたはずです。期限も迫る中で無謀な挑戦をしている余裕もなく、「どうせ無理だからやめておきましょう」と言うこともできたはずです。それでも、否定はしない。僕らが「挑戦してみたい」ということに耳を傾けて、まずはやってみようと何も諦めずにベストを尽くしてくれる姿勢に心から感銘を受けていました。

一切手抜きのない本気のクリエイティブ

お二方にお手紙のようなメールを送りました。これでダメならしょうがないというくらい、一つ一つの言葉に想いを込めて。結果は、お二方とも奇跡のようにご快諾をいただきました。 お二方は(おそらく)僕らが日々向き合い続けてきた「缶の余白」や「歴史や文化の探求」という部分に共感してくださり、今回の社史にこれ以上なく素晴らしい視点と言葉を寄せてくださいました。原さんはわざわざ側島製罐の工場まで足を運んでくださって、俵万智さんは缶について二首も詠んでくださいました。原さんの研ぎ澄まされた視座に触れ、俵万智さんが詠んでくださった渾身の短歌を拝見したとき、120年間缶を作り続けてきた僕たちの歴史そのものが力強く肯定されたような、万感胸に迫る思いになりました。

そして、本づくりに関わってくださったチームのみなさまのお陰で、お二方以外にも、僕らの身に余るほどのクリエイターや活動家の方々が今回の社史にご参加を決めてくださいました。Julien Birban Levyさん、Sayaka Botanicさん、せいのちさとさん、Funny Dress-up Labさん、中田ぷうさん、山野千枝さん、側島製罐という聞いたこともない会社の社史づくりにご協力いただけるのは当たり前のことではなく、錚々たる面々がお気持ちを寄せていただいたことを心から嬉しく思っていました。

編集・撮影・執筆を担当してくださった出川光さん、ライターの日比佳代子さん、デザインを担当してくださった岡村佳織さん、金森彩さん、イラストの米村知倫さん、校正の梅本智子さん、誠晃印刷さん。誰一人「たかが中小企業の社史」と手を抜くことは一切なく、本気のクリエイティブで僕らの「缶」に向き合ってくれました。僕らがなんとなく感じていた「缶っていいよね」という想いを、プロフェッショナルな方々がそれぞれの表現で形にして、一つひとつ丁寧にこの本の中に納めていってくださいました。

社史を制作して気付いたのは「缶」への愛

出来上がった社史を見てみると、缶みたいなんですよね。もちろん、装丁を缶のような表現にしていただいたというのもあるんですが、内容を見てみると側島製罐という会社のことなんてあんまり書かれていなくて、そこで缶をつくる人たちのこと、地域のこと、缶を愛してくださるみなさまのことがギュッと詰まっていました。側島製罐という器の中に120年の節目で関わってくださった皆様の大事な想いが入れられているという意味で、いつも自分たちがつくっている缶のような本になったのではないかと思っています。

120年間続いている会社とは言うものの、本当にそこで120年間ずっと働いている人がいるわけではありません。自分も事業承継をしてまだ6年、社員のみんなも先輩たちから仕事を引き継いで現在に至っている人ばかりです。それでもやっぱり、僕らは缶のことをいつも中心に据え置いて考えています。こうして社史をつくっている中でも、缶のような役割に知らない間に徹してしまうこと、大事な想いを託していただくことを誇りに思うこと、自分たちがつくっている缶という製品の魅力を心から信じていること、その素直で誠実な想いこそが、僕らがずっと受け継いできた缶屋としての矜持なのだろうと思います。僕らはやっぱり、缶が好きです。どれだけ時代が変わったとしても、これからもずっとそれだけは変わらないのだと思います。そして、缶を愛してくださるみなさまにこれからも缶をお届けしていくことが、120年間缶づくりを続けさせてもらったことの恩返しなのだと思います。

歴史を開けば、未来が拓ける

今回、この本をただ出版するのではなく、クラウドファンディングという形でお届けすることにしました。本のタイトルに「側島製罐」という名前を冠してはいますが、今回のプロジェクトではただ本を売って側島製罐の知名度を上げたいということでは決してありません。「缶っていいよね」と少しでも多くの方に感じていただきたい、自分たちがつくり続けてきた缶の文化を未来に繋いでいきたい、そんなことをどうやったら実現できるかを考え抜いて、今回の「社史の出版」という企画に辿り着きました。改めて歴史を振り返ってみて、僕らは自分たちが日々作っている「缶」のその魅力や可能性にまだまだ向き合い切れてないことに気付きました。こうして自分たちの事業や製品の過去の変遷に眼差しを向けて探求し、その歴史の山の上に立って未来を見渡すこと、それこそが中小企業の新たな未来への扉を開くきっかけにもなるのではないかと僕は信じています。「オープンヒストリー」なんて言葉を掲げてはいますが実現したい未来はひとつ、大事なものはこの先の未来でもたくさんあってほしい、ただそれだけです。

1000人と一緒に新しい歴史をはじめたい

ここまで読んでくださってありがとうございました。振り返ってみるとこの二か月間、ずっと夢の中にいるようでした。これだけの本をつくってくれた人たちに絶対に不義理をしたくない、会社のみんなや応援してくれている人たちをがっかりさせたくない、そして何よりも自分の心を裏切りたくない、絶対に1000人に届けるんだ、そのために出来ることは全部やるんだ、それこそが自分の人生の使命なのだと、そういう想いでずっと必死になってやってきました。辛くて苦しいこともたくさんあったけど、この夢中になっている日々が人生の宝物のようなものだなと思っています。

このnoteを書いている時点で、クラウドファンディングも残りあと2日ちょっとです。チラシやポップを置いてくださった方、メディアを紹介してくださった方、SNSで呼びかけてくださった方、毎日SNSで投稿してくださる方、お返事やリアクションをくださる方、コミュニティグループにLINEしてくださった方、noteやブログで記事を書いてくださった方、番組に出演させてくださった方、励ましのお言葉をたくさんかけてくださった方、本当にたくさんの方に支えていただいてこのプロジェクトもいよいよ1000人を目前とするところまで来ることができました。本当にありがとうございます。

僕らは缶メーカーなので「缶」を軸にした社史をつくってみましたが、日本には300万社以上の中小企業があります。会社の数だけドラマチックな歴史と物語があります。それが「社史」という形でたくさん生まれてくる未来を想像すると、考えてみるだけでワクワクしませんか。意味もなく存在している会社も人もありません。僕らの背後には先人たちが築いてくれた歴史があります。歴史に改めて光を当てることで、自分たちが大事にしてきたことを改めて知って、それを一冊の「社史」で表現して、世に広く伝えていく。今回のプロジェクトでそんな文化のきっかけをつくることができたら、心から嬉しく思います。世の中に大事なものと愛がたくさん溢れている、そんな時代をみんなで一緒につくっていきたいですね。


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