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夢野久作「鉄槌」の叙述トリック

ごあいさつ

こんにちは。

今日は、
夢野久作の作品のなかで
私の印象に残っている短編を
ご紹介します。

例によって
ネタバレしないように
書いていきますので、
ふんわりした感想になってしまうことは
ご了承ください。


「鉄槌」の破壊力

この作品は、
作中の特定の人物だけではなく…

最後まで読んだ読者の頭にこそ
「鉄槌」が打ち下ろされるお話です。

それくらい、ある種の
衝撃を受けましたね。


夢野久作と「悪魔」

この作品の冒頭でも
述べられていますが…

夢野久作という人は
「悪魔」という存在を、
「人間の内心や生き方」に
見出しているようなのです。

良心や、良識の源となる
「信仰心」や「畏怖」を捨てて…

行き過ぎた「科学礼賛」や
極端なニヒリズムによって
「神をも恐れぬ所業」を行う…

そんな『人間』こそが、
(当時の)現代の世に生きる
『悪魔』と呼べるのではないか。

そして、こうした考えは
いまになっても
色褪せることはありません。

インターネットによる情報網や
AIが発達し、
「人間はどう生きるべきか」が
問い直されつつある現代。

そんな今だからこそ、
夢野久作が描く「悪魔」の姿が
真に迫って感じられると思うのは
私だけではないでしょう。


物語のはじまりは

二十歳になったばかりだという
ひとりの青年の独白で始まります。

そして最後まで、
この青年の独白で終わる作品です。

この青年、じつは
とても頭が良く、そして
おそらくは見目よい美青年だと
思われるふしがあるんですが。

もちろん、そんなことは
主人公が自分の口から
決して言ったりはしません。

ただ、話を読み進めていくうちに
彼の置かれている状況から
「そうではないのかな…」と
読者に感づかせるように、
巧みに描かれています。

もちろん、
最初から「そう」思って読むのと
途中でだんだん感づいていくのは
印象が違ってきますから…

初読時はなるべく
先入観ナシで読んだほうが
本当はいいんですけどね。


「悪魔」の正体は

この物語の冒頭では、
主人公が「悪魔とはなにか」について
語ります。

それは
自分を悪魔と思っていない人間
である…と。

これには、おそらく

「人間には、ひとしく
 悪魔的な一面が存在するが、
 それを自覚することこそが
 『良心』である」

…というような含みが
持たされています。

この作品に限ったことではなく、
この「悪魔とは」という考えは…

夢野久作のほかの作品でも
よく出てくる考えだったりします。

おそらく、
著者自身の考えが
これに近いのではないでしょうか。

「悪魔性」は
人間のうちにこそ存在する…
といった考えです。


衝撃のラスト

ずっと主人公の語り口を追っていき、
物語のラストに到達すると…

「うわぁ…」

と思います。

これだから、
人間ってやつは。

…と、感じます。

それは、主人公に同調してきた
自分自身にも向けられた
「うわぁ…」です。

だいたい、最初から
よく主人公の語っていることを
吟味して聞いていれば、
「こうなる」ことは
薄々感づいていたはずなのです。

それが、初読では
おそらく大多数の人が
気づけない。

再読すると、
「なるほどなあ」と思うところが
いろいろ出てきます。

ですので、この作品は
少なくとも二度読むことを
おすすめします。

読後感が決していいとは
言えない作品ですが、
「作者の筆の巧みさ」を
存分に味わうことができます。


二周目で確かめること

この「叙述トリック」の
どこで自分が騙されたのか…

少し「ひっかかり」を感じながら
「流していた」記述が
どんな意味を持っていたのか…。

そして、恐るべきことに
この主人公の青年こそ
「現代に生きる我々」の
代表でもある…ということ。

これらの、
この作品に込められた
数々の仕掛けを堪能するためにも、
ぜひとも「二周目」を
おすすめしたい作品です。

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