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どうする家康【日本の行く末】歴史から学ぶ ~経済続編~""家康がやっていたのはドラッカーではなく君主論""

お疲れサマです。

いつもご覧いただきありがとうございます。
皆さんからの何某の反応が励みです。

経済復活にどう寄与したのか説明が足りてませんでしたので、続編です。

そして、接点のない異国で100年前に書かれた

【君主論】を実行して天下を取っていたのでした!!

※史実と記述両方を照らし合わせて解説します。


文献の記録を引っ張って来ようと持ったら

徳川家末裔の記事に引っ掛かりました。

何かいてあるのか気になって読みました。
めちゃくちゃ自分よりの【バイアス】にかかってるかんじの内容でした。(笑)

家柄が立派で誇りを持つことはよいことですが、

あれもこれも『全て徳川のおかげ』という論調で、


末裔大丈夫か?と

徳川家を逆に疑っちゃう内容でした。

お家自慢が 祖先の株 を結果的に下げては本末転倒です。


皆さんは読まなくても良いです(笑)

くそ長くて、

結構、どうでもいいないようです。

私が代わりに徳川家末裔の講演会記述を読んでまいりました。

https://www.city.okazaki.lg.jp/350/351/p020010_d/fil/5-kouenroku.pdf

折角読んだので、前座で記述致します。




徳川家の家元ですので資料が残されてるでしょうから50%史実

50%は『こうであってほしい』という感じの希望的な内容でした。


▽徳川家の末裔が何話していたか?要約


・平和な世の中を作ったのは徳川
(間違ってはいない)

・関ヶ原は家康の仕組んだ出来レース
(現実的に理解できないところがある)

・徳川家は世界的な尊敬を集めている
(????)

・豊臣秀吉はとんでもない輩で全国の嫌われ者
(大阪の方行ったら、いまだに太閤様だけど)

・西側(関西方面)の奴らは戦争狂
(もう笑うしかありません)

・薩摩藩と幕府は実は大の仲良しで、薩摩藩は幕府の意志を引き継ごうとしていた
(徳川慶喜を総理大臣に据えようとしていた、””坂本龍馬””を暗殺したのは薩摩だとしらないのか?)

以上です。(笑)



1.財政難を【サムライ】輸出で乗り切った


これは徳川末裔も話してましたが、朝鮮出兵と関ヶ原で
全国の大名が疲弊してたんですね。

これをどう乗り切ろうか

と、考えた策が

サムライ派遣だったわけです。


(外貨稼ぎの出稼ぎ労働者派遣)


2.中立をとったものには厳しく制裁

【””君主論””第21章尊敬を得るためにはどのように行動したらよいか】

""君主論21章””
この戦いに関与しない事が諸君の利益であるという見解ほど、
間違った考えはない。
中立によっては感謝もされず、尊厳もえられず
勝利者の餌食になるだけである
君主論より

・実際に徳川の取った行動


大阪夏の陣で西側に加担した、

半ば中立的な立ち位置を取った

毛利輝元・吉川広家(代表格)

120万石を75%ダウンの30万石としてます。


身近な例

友達の佐藤と木村が喧嘩しました。

どちらにつくわけでもなく、中立的立場を取った結果


『あいつは困った時でも頼れない』


このようにどっちつかずが

返って双方から信頼を失くす結果となる


と教えており、

更に勝った側からは

『信頼の置けない奴だ』


と内心遠ざけられる

という結果を招くと指摘してます。

負けてもいいからどっちかに加勢しろ


仮に負けた側についても味方された側は一生恩にきる

勝った側についたら、
貴方にそれなりの報酬と益々の信頼を勝ち得る結果となる


このように教えてくれてます。


会社の派閥争いなんかは


中立は絶対にいけません。


もう一個

21章から、他の内容がありますので


更に続編で。

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