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【戦国最強でも天下は取れない】史実から経営と人を学ぶ~脳科学・経済学・人間力〜

ちょっと一息

パート2

いつもご覧いただきありがとうございます。
皆さんからの何某の反応が励みです。


私の哲学的なところの気づきは皆さんに

歴史をご紹介していくことだなと

感じております。

ちなみに

【社会や歴史】が得意な人は遺伝だそうです。




【戦国最強】という言葉はよく目にするフレーズです。

正に歴史好きには ロマン の塊です。

KOEI(ゲーム会社)さんのおかげで

歴史を楽しく学べる時代になりました。

そんな私も【信長の野望】シリーズはほぼやりつくしました。(笑)


【戦国最強】は『軍神 上杉謙信』


間違いなくこの人です。

現代の脳科学で上杉謙信の人間性を解説。

また、当時の軍事力と経済から

歴史がなぜそう動いたか解説いたします。


歴史学者をここに連れてきて頂いても、

大半の方が上杉謙信を挙げるとおもいます。

実際に宝島社から発行された戦国最強ランキングでも

【上杉謙信】があげられてます。

ゲームの影響で【前田慶次】というイメージを持たれている方おるとおもいますが

実績・実力

共に上杉謙信の足元にも及びません。


1、上杉謙信はこんな人~私が好きな理由~


今更説明の必要がないと思うので、どこの地方の大名とか
プロフ的な物は割愛させて頂きます。


・上杉謙信は生涯成績ほぼ無敗

・自分の私利私欲の戦は一度もない

・宿敵が最後に託した言葉『何かあったら謙信を頼れ』

・織田信長ですら、上杉謙信との衝突は避けた

・ギバーでなければ天下を取っていた

・実は経営者としても優れていた


以上、
ざっと挙げました。

戦系の話は山ほど文献や歴史学者の記事が出てきますので
今回は残念ながら伏せます。

経営者としての力量と人間性(人間力)の高さ


ここにフォーカスさせて頂きます。


私利私欲の戦は一度もない


当時は自国の領土を広げて自国豊かにしていく

または天下を狙いにいくということを目的とした

現代における、ロシアとか中国のような国が大半でした。

上杉謙信は義侠心の厚い人間で『攻め込まれてるので助けてください。』

と言われれば、馳せ参じました。


これは仏門に入った事も大きかったとおもいます。


・ギバーには二種類


以前にも記載しましたが、ギバーと呼ばれる人には2種類のパターンがいることが判明してます。

ギバーギバー(私の造語)

これは、とにかく自分の利益を省みず、人に奉仕する方です。

成功者はギバーが多いのですが、

このギバーギバーの人は成功出来ないパターンが多い残念な人です。

ギバーで成功する方は、【適切なアメとむち】を使い分けられて

自分の利益もキッチリ獲得できる人です。


上杉謙信はギバーギバーです、間違いなく。


私も前者であると気づき

•自身の利益確保は必ずする
・いうべきはいう
・嫌われるならそれはそれで仕方ないとわりきる•人に対して甘やかし過ぎない
•自分を安売りしない

こう言った点を見直しました



上杉謙信で最も有名なエピソードは

『敵に塩を送る』

という、宿敵武田信玄への漢気でした。

これは一説には創作ともいわれておりますが

武田信玄が亡くなる直前に

息子武田勝頼に対して

『困ったら上杉謙信を頼れ、必ず助けてくれる』

このように言ったとされており、

おそらく、近いエピソードがあった故の発言であると考えられます。


2.忠義心も厚く、責任感も誰よりも強かった


上杉の名字の由来となる

今の群馬県あたりを支配していた

関東管領上杉憲正のSOSに応えて、

助けてあげた事をきっかけに

上杉の養子となり、そのまま関東管領という役職を引き継ぎます。


関東管領というのは


今でいうところの都知事みたいなもんでしょうか。

足利幕府から任命を受けた幕府の要職で

言わば、足利幕府グループの一人となったわけです。

当時は既に足利幕府は死に絶えていたに等しい状況でしたが、

皆さんが思うより、当時の官位というのはめちゃくちゃ(拍のつく)ものでした。

※私が紫綬褒章もらうようなもんです。びびるべ?


上杉謙信もこれを大変名誉に感じ、

足利幕府の要職の一人として、関東を守ることを誓います。

つまりは、足利幕府にあだ成す者は敵で

【幕府の名の下に成敗しに行く】という

警察です。


こういうことをしたもんですから、右へ東へ

しょっちゅう戦に出るわけです。

従業員で、休みも返上で働きます!!しかもめちゃくちゃ優秀

今でいえばこういう人です。


上杉謙信と言えば、必ず武田信玄が登場してくるのですが

これは、武田信玄の地理的不利な環境も相まって

国を豊かにして領土を広げるためには、

となりの国を攻めていくしかなかったわけです。

当時の状況↓

下の今川、北条は同盟国なので上にいくしかなかった


武田信玄と上杉謙信の不運は

戦国最強と戦国一ノ天才

この二人が隣同士でほぼ同世代として生まれた宿命であると言われてます。

『これこそ、親ガチャ』


3.経営者としても非常に優れていた~経済学~


どうしても、戦国最強というタイトルでそっちがフォーカスされるんですが

皆さん  戦  はただでは出来ないんですよ。


ここが重要です。

金がかかります。

1番で記述したとおり、自前の資産拡大をしたいがために戦を仕掛けるような人間ではなかったので

当然ながら、他に元手が必要になります。

元々越後(新潟)は現在でも有数のコメどころであるように

当時から豊かな土地でした。(これも上杉謙信の当時の政策のおかげ)

最大で133万石ありましたので

かなりの規模になります。

つまり、1万石の石高は、通貨にすれば1万両の価値があったということになります。 ちなみに、1両は現在の貨幣価値で約10万円に相当するようです。 したがって、受け取る石高が10石なら、現在の価値で100万円、1000石なら1億円という給与水準となります。 大名クラスの1万石となれば、単純計算でも10億円。
フィナンシャルフィールド

今の資産価値で見積もると1330憶円の予算。

実はこれは石高でコメなんですが、

上杉謙信が開発した、今でいう【人気ヒット商品】が


国を支える原動力でもありました。


それが【越後上布】です。

あまり、ここをフォーカスしてる記事は見かけません。

歴史には隠れた真実があります。

当時も今も、経済無くして戦争も無しです。


4.信じられない強さの源泉~自己啓発やってる人たちに贈る


これは当然、上杉謙信ではないので定かではありませんが

人というのは

意志=マインド


これが非常に重要な要素で『親ガチャ』とぬかす

最近のガキ

失礼!

若者にこの事実を突きつける必要があるのですが


どんな高いポテンシャルも

引き出せるか引き出せないかは

本人のメンタルによるところが大きいです。


謙信が人より強かったのは

間違いなく【メンタル】です。


これは信心深かったのも理由の一つ。

【自分は毘沙門天=戦いの神様の生まれ変わり】と信じていたので

上杉謙信の旗には『毘沙門天』が掲げられておりました。


そして、責任感が強かった

このことからも

絶対に勝つ

その姿勢が

『かならず、先陣をきって単騎で陣の先頭走る』


という、兵法では有り得ない様な事をやっておりました。

これ、武将じゃないですからね、

大名ですから 半端ないです。


謙信と信玄

部下に対するマネジメント方法も真逆(野村と落合みたいな)


これは時間ないんであらためて書かせていただきます。


最後に謙信のエピソードでお別れしたいと思います。


上杉謙信は、本当に人間の出来ていた人だったんだろうと

このエピソードからわかるんですが

決して普段から贅沢はしない質素な生活を徹底しておりました。

これは部下に対してもだったわけですが

唯一、贅沢をする時がありました。


戦の出陣の前


家臣団全員に大名が食べるようなご馳走をかならず、用意して出しました。


これが実際に出されたとされる内容

これは本当に有り得ない話で

今でいえば、全員ミシュランの3つ星に連れて行くような状態です。


戦の直前までお堂に籠って、出てこなかったとされており、

家臣が戦を知るのはこの食事が出てきて

『戦があるんだ』

と、皆知ることになるという文献が残されてます。

事実です。


これには、これが最後カモしれないと

部下をおもんばかる謙信の思いが

伝わって泣けてきます。


いかがでしたか?

歴史には本当に学ぶべきことが数多くあるんです。


ご意見ご感想お待ちしております。

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