3行日記|カップリング曲の"位置付け"に対する昔からのちょっとしたモヤモヤ
私はどうも逆張り思考が強いのか、つい表題曲よりもカップリング曲の良さを語りたくなってしまいます。
たまたまカップリングという位置付けになっただけで、楽曲に込められたクオリティや熱量はさほど変わらないのに、日の目を浴びにくいことが、どうしてももどかしく感じるからです。
もちろん、価値と結果が必ずしも釣り合わないのが世の常だとは弁えてますが、ほんの少しでもその差が埋まったら良いのにと願っています。
私はどうも逆張り思考が強いのか、つい表題曲よりもカップリング曲の良さを語りたくなってしまいます。
たまたまカップリングという位置付けになっただけで、楽曲に込められたクオリティや熱量はさほど変わらないのに、日の目を浴びにくいことが、どうしてももどかしく感じるからです。
もちろん、価値と結果が必ずしも釣り合わないのが世の常だとは弁えてますが、ほんの少しでもその差が埋まったら良いのにと願っています。