【短編】たとえば、その指先に。
たとえば、その指先に。
触れたいと思う。
その吐く息に見惚れる。その足跡を辿りたくなる。そしてはじめましてのあの日を何度も思い出しては、溜め息をひとつ。
それが私にとっての恋だった。
甘くて苦い、なんて言い方はあまりに安っぽいけれど。
甘さと苦さの比で言うと、だいたい2:8くらい。まるでカラメルばかりのプリンを食べさせられてるような気分。
まさか自分が恋人のいる人を好きになるなんて、思ってなかった。
その相手は好きになることじたい罪みたいなものなのに、私はどうしてもこの恋を消せない。
雪の日、雪をかいてもかいても積もりゆくように、私の思いが募ってゆく。濡れてかじかむ手で除けても除けても、意味がない。とめられない。
そうして、私の雪が降り続くこと、もう一年になる。
彼の恋人は、私の親友の女の子。
透き通った声にお人形さんみたいな顎の、可愛くて綺麗な、私の親友。笑うと頬に皺が寄って、それが優しくて、あたたかくて。寒い冬の日でも、彼女のそばにいると私はほっと息をつけた。
そんな彼女に仇なすようなことをしている。わかっている。わかっているけれど。
彼のどこが好きなの、と素知らぬ顔して親友に聞いたことがある。
優しいところが好きなの、と彼女は言った。照れたようなその顔が、たまらなく可愛かった。
だけど、ああ、私の方がもっともっとたくさん、彼の好きなところを挙げられるのに。口の大きいところや、好き嫌いがちょっとだけ多いところ、授業中にこっそりお菓子をつまむあの指先、独特な足跡の残るあの靴を選ぶセンス、そして初めて会ったあの日、私を痴漢から守ってくれたこと。——すごく。すごく嬉しかった。安心した。かっこよかった。輝いて見えた。好きになるのも、仕方ないんじゃないかって、言い訳したくなるけれど。
あとから彼が親友の恋人だって知って、真っ先に恋を諦めようとした。無理だった。とても、無理だった。
真っ赤になるほど胸を叩いても、何も、変わらなかった。
恋って、恐ろしい。
私は身をもってそれを思い知った。
——世界が雪と光に彩られるころ、クリスマスの晩、ふたりが別れた。
涙声の親友が、電話口で私にそれを伝えた。
その瞬間の気持ちを、思いを、私はどう言葉にしたらいい? 恋する私と、親友を愛する私と、恋を責める私がごちゃごちゃになって、苦しかった。でもきっと、親友の方が。
「苦しかったね」
そう言うのが、やっとだった。
電話を切って、ふらりと出かけた街の中、彼を見かけた。
厚手のコートに紺色のマフラーをして、大きな口を歪めて、イルミネーションの前にひとり座っていた。
「……ねえ」
声を、かけた。考えるより先に足が、口が動いていた。
「——くん、私さ」
どこにやるともなく手を伸ばした。こちらに顔を上げた彼が、ん、と気怠げに言う。
「あいつの友達、だっけ。ごめん今俺さ、話す余裕ないってか」
どこにやるともなく、ではない、彼に向けて伸ばした手を、彼が迷惑そうに除けた。
「ぁ」
「じゃ、俺これで」
立ち上がって私から去っていく彼が、まだ家には帰らないような気が、心のどこかでした。
彼の、その指先に私の手は、届かない。
街を照らすイルミネーションにかかる雪が、少しずつ降り止んでいく。
#片想い文芸部
#クリスマスは片想い文芸部
https://note.com/leal_lotus7204/n/n2f1c4a962205
