【小論】日本古代における皇統譜の例
1. はじめに
日本の古代における皇統は、近・現代のような「親子相続」よりも「兄弟相続」が優先されていました(以下、約750文字)。
2. 皇統の兄弟相続とは
今上帝(即ち現天皇)が崩御された際に、その今上帝に弟や妹がいなかった場合は当然、今上帝(崩御されたので即ち大行帝)の長男が即位します。これは近・現代においても変わっていません。
しかし、その大行帝の長男に弟や妹がいた場合には、その長男が崩御し大行帝となられた場合、近・現代では大行帝の長男が即位しますが古代日本においては大行帝の弟や妹が即位します。
そして大行帝の兄弟がいなくなった場合、その大行帝の長男へと皇統が移ります。
図に示すと以下のようになります。

( )内は皇位継承順
ここで注意しておかなければならないのは、古代においても女帝(女性天皇)は実際におられましたが上記のように兄弟相続が優先的であったため「男系」は護られ続けて今日に至っています。すなわち女帝は「男系女子」だったのです。
また、女帝の場合、古代においては次の「男系男子」即位までの「繋ぎ役」であるとの認識が強かったという点にも注意しておかなければなりません。
しかし実際には、我が国で最初の女帝である推古天皇をはじめ、飛鳥から藤原京への遷都や『大宝律令』の制定(即ち我が国を法治国家とした)持統天皇、そして平城遷都を成し遂げた元明天皇など、たいへんな偉業を成し遂げた女帝がおられたことをも私たちは忘れてはなりません。
この飛鳥時代後期から奈良時代初頭の頃は、まさに「女帝の時代」であったといえましょう。
翻って、即ち、今日までの(少なくとも)1,600年以上もの間、我が国の天皇は男系男子または男系女子の天皇のみであり、女系男子および女系女子の天皇はただの一人もおられません。
3. まとめ
皇位継承の問題が浮上している今日において、私は(これは、あくまで私個人の個人的な考えですが)、古代のように皇統の兄弟継承優先を復活させるとともに、近代に至って廃止された旧宮家を復活させ、男系の皇統を護ることが焦眉の急であると考えます。
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