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ポップ・ミソロジー考──ワタリガラス・三足烏・八咫烏の現在

1.世界のカラス神話

 ワタリガラスの神話と聞いて、まず思い浮かぶのは北欧神話。主神オーディンの肩に乗るフギン(思考)とムニン(記憶)であろうか。境界を軽々と飛び越える知恵の象徴である。

 北太平洋沿岸文化圏では、ワタガラスは神話の主役だ。トリックスターであり、世界の創造主。
 とりわけ、アメリカ北西海岸の先住民の間に広く伝わる、火を盗むワタリガラスは、文化英雄としての側面を持っている。レヴィ=ストロースは、ワタリガラスを、自然と文化、生と死といった対立項を仲介する「媒介者」として位置づけた。

 東アジアのカラスは、太陽と強く結びついている。中国の金烏は太陽に住むカラスであり、しばしば神聖な数字である三本の脚を持つ。
 高句麗古墳の壁画には、太陽を象徴する三足烏(サムジョクオ)が頻繁に描かれた。
 日本の八咫烏は、太陽神アマテラスの御使いとして神武天皇を導く存在だ。八咫烏もまた、金烏の影響を受けて三本脚で表されるようになった。

2.ポップ・ミソロジーとカラス

 現代はマックス・ウェーバーの言うところの「脱魔術化」の時代である。世界は神話的意味を剥ぎ取られていく。だが、合理化が極限まで進んだ結果、その空疎さゆえ、逆説的に「再魔術化」が進行するのである。人々は失われた意味を求め、神話的イメージを新たな形で呼び戻すようになった。

 こういったサブカルチャーにおける神話、いわゆるポップ・ミソロジーは、私たちの身の周りにあふれて、洪水を起こしそうだ。

 エドガー・アラン・ポーの物語詩『大鴉』は、個人的に大好きなのだが、ワタリガラスのゴシック的なイメージを決定づけた作品と言えるだろう。
 「Nevermore」という反復、深夜に忍び込む黒い影、ひたひたと語り手の精神をいたぶる闇と沈黙――。これらの要素が、カラスを心理的恐怖の象徴へと変容させ、ゴシック文学の中心的なアイコンに押し上げた。

 日本のサブカルチャーでは、カラスはどちらかというとゴシック調の不気味さの象徴ではなく、八咫烏から連想される使者や使い魔としてのイメージが強いかなとも思う――たとえば『鬼滅の刃』の鎹鴉や『チェンソーマン』のマキマの目と耳、『呪術廻戦』の冥冥の黒鳥操術など。

3.三足烏の現在

 ここで、21世紀に「再発見」された韓国の三足烏を見てみよう。
 発端は高句麗の古都と美しい壁画を持つ古墳群の世界遺産への登録であった。国境を挟んで中国と北朝鮮が相次いで申請し、2004年に同時に登録された。この一連の動きのなかで、中国と自らを高句麗の正当な後継者とみなす北朝鮮のあいだで激しい論争が起きたのである。

 高句麗の帰属をめぐる中朝の歴史論争は、韓国にも飛び火した。韓国のエンタメ界は『朱蒙』(2006-2007)や『太王四神紀』(2007)などの高句麗を舞台とした歴史ドラマを制作し、この論争に颯爽と参戦した。

 余談だが、この高句麗ブームがいまや韓ドラの一大ジャンルとなった史劇、ファンタジー、アクション、ロマンスが融合した「フュージョン時代劇」に繋がっていくのだから感慨深いものである。

 話をもとに戻すと、高句麗古墳の壁画に描かれた太陽の象徴である三足烏は、ドラマのなかで高句麗を象徴する意匠として使われた。
 これによって、三足烏は国民のあいだで再発見され、失われたかつての広大な領土への郷愁とともに国家イメージを高揚させるアイコンとして、現在進行形で再魔術化されているのだ。

4.熊野にて

 これまで、ワタリガラスや東アジアの三本脚のカラスをめぐる神話を辿ってきた。その旅のしめくくりとしてカラス神話の聖地を訪れることにしよう。

 八咫烏は、現代ではゲームやファンタジーのキャラクターとしておなじみの存在となっている一方で、神道や地域文化では今なお信仰の対象である。

 その中心にあるのが和歌山県の熊野三山である。以前訪れたときに驚いたのだが、深い杉木立と峻厳な古道が続くこの霊峰において、八咫烏の意匠は聖地の至るところで見られるのである。

 熊野地方に伝わる烏天狗は、八咫烏の「擬人化」の大先輩である。また、この地に伝わるカラス文字はコミカルでとにかくかわいい。
 このカラス文字で描かれる霊印「牛王護符」の裏に書かれた誓文は、誓約を破ればカラスが死ぬとされる最強の契約書として知られていた。

 江戸時代、この風習は遊郭へと広がる。遊女はこの誓約を客への愛の証として複数の客と取り交わしたのである。「三千世界の鴉を殺し、ぬしと添い寝がしてみたい」とは幕末の志士にして風流人・高杉晋作が詠んだといわれる都都逸である。ここには、世界中のカラスを殺して、誓約を無効化して、あなたと添い遂げたいという遊女の愛が込められている。
 落語の『三枚起請』は、誓文を乱発した遊女に客が詰め寄る話で、ふっと苦笑いするような軽妙なオチで締められる高座の定番だ。

 八咫烏は、公益財団法人日本サッカー協会(JFA)のエンブレムとしても知られているが、ワールドカップなどの国際大会の折には、今もJFA関係者が熊野に参拝に訪れるという。

 こうしてみると、現在に生きる神話である八咫烏は、ポップ・ミソロジーとして消費されるよりもずっと以前から、聖と俗のあいだを軽やかに飛び超え続けているのである。


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