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黄泉比良坂はどこにあったのか──海食洞窟と境界

 海人たちは、岩壁に波の力によって穿たれた海食洞窟を異界への入り口と見立て、埋葬の場としていた。館山市の大寺山洞穴や浦賀水道を挟んで対岸の雨崎洞穴が代表的な遺構だが、『出雲国風土記』で「黄泉の坂」「黄泉の穴」と呼ばれる猪目洞窟では、縄文時代からの生活遺物に加えて、弥生時代の屈葬や古墳時代の舟葬の埋葬遺物が確認されている。

 多系統の神話がモザイクを成す記紀神話において、伊邪那岐と伊邪那美の物語は、淡路島の海人たちが語り継いだ神話を母体としているとも言われている。
 黄泉比良坂の説話も、松江市東出雲町に別の伝承地があるが、海人たちの埋葬に使われた海食洞窟を思い浮かべながら読むと、また違った姿を見せてくれるだろう。
 黄泉比良坂のヒラもサカもそれぞれ平、坂という漢字が充てられることによって、本来の意味が見えにくくなった言葉だ。
 北海道の地名に見られる「ヒラ」はアイヌ語で「崖」を意味するが、本州から沖縄にかけての古地名でも同じく崖を指す語として用いられている。また、「坂」は「さか・い」の「さか」で境界を示す言葉だ。
 そう考えると、黄泉比良坂とは、陸と海の境界にある崖に口を開けた異界への入り口を指していたのではないかと思えてくる。

 余談ながら、黄泉比良坂は「見るなのタブー」を伴う説話であるが、稲目洞窟にもひとつの禁忌が伝わっている。ただ、その内容については、知らない方が幸せかもしれないことを申し添えておく。

参考:國學院大學デジタルミュージアム 万葉神事語辞典「坂」



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