Z世代の聖典『コンビニ人間』についての雑感
その昔、母から一冊の小説を執拗に勧められた。村上春樹の『ノルウェイの森』である。
実際に読んでみると、全世界のハルキストには申し訳ないが、全く自分の感性とは合わなかった。この感情を分析すると、「母から勧められたから」という面倒くささと「もともと苦手」の比率が、およそ8対2くらいだ。 母にとっては、全共闘世代ながら学生運動の波に乗れなかった部分に大いに共鳴したのだろうが、当時の私から見ると、登場人物たちがモラトリアム全開でちょっと受け入れがたかった。
では、自分の世代を代表する文学は何だろうと考えても、頭に浮かぶのは岡崎京子の『pink』くらいだった。しかも、そもそも漫画だ。これを娘に勧めたら、きっと「バブル世代、ちょ無理」と言われるに違いない。なにしろ、ヒロインのユミちゃんはホテトル嬢なので。
そんな私が娘から借りたのが、村田沙耶香の『コンビニ人間』である。娘の話では、読書感想文や文芸批評のレポート課題を出すと、この『コンビニ人間』を取り上げる生徒・学生が必ずといっていいほど被るのだという。『コンビニ人間』が就職氷河期を経験したロスジェネ世代に人気なのは分かるが、若者にも好まれているとは意外だった。
一体、どれほど人気なのか。気になってAmazonのレビュー数を覗いてみてのけぞった。2026年6月5日現在で 日本語の文庫版が13,475件。もちろん書き込んでいるのはZ世代だけではない。そして、これだけでも凄いのだが、驚くべきは英語版の『Convenience Store Woman (English Edition)』で、なんと20,526件ものレビューが付いている。 世界的に売れてそうな漫画『呪術廻戦』の1巻と比べてみても、日本語版が12,519件、英語版が10,377件。もちろんレビューの付きやすい作品というものもあるし、単純に数だけで測れないものの、『コンビニ人間』の海外での広がり方は、単巻といえどもメガヒット漫画すら凌駕しているのだ。
実際にAmazonのレビュー(メディア評)を読んでみる。(翻訳はGoogle先生)
「『アメリ』や『ショップガール』を彷彿とさせる、素晴らしく、機知に富み、そして心温まる物語。東京に住む30代のケイコは、全国展開するコンビニチェーン『スマイルマート』のレジ係として、自分の天職を見つける。これまで周囲に馴染めなかった風変わりなケイコは、ようやく普通の人間を装うことができる。便利さのために(文字通り)順応していく彼女の物語は、世界中の女性が痛いほどよく知っているものであり、結婚して落ち着くようにという家族のプレッシャーも同様だ。しかし、村田のきらめくような文章と、奇妙で美しいディテールへの才能は、まさに彼女独自のものである」――ヴォーグ誌「この夏、あなたをワクワクさせ、楽しませ、そして支えてくれる13冊の本」
そこには私が村田に対して感じた毒やディストピア味は微塵もなかった。日本の書評では、論文レベルでも軽めのエッセイレベルでも、ヒロインの病理性、特殊性に往々にして目が行きがちだが、そういった視点は海外のメディア評では主流ではないようだった。
日本では普通から外れた人間の物語として読まれがちな本作だが、海外ではむしろ「同調圧力に屈せず、自分らしく生きる女性の物語」として受容されているようなのである。
海外の読者たちも、概ね主人公の恵子を、自分たちの気持ちを代弁してくれる「ヒロイン」として受け入れているようだった。慎ましやかに生きる人々が恵子によって「自分の生き方は正しかった」と励まされているのである。
かつて母が『ノルウェイの森』に同時代性を見たように、今の若い世代や海外の読者は『コンビニ人間』に自分たちのリアルな日常を見出している。
タイトルに聖典とつけて、世代論のように論じてしまったが、世代を超えて大いに共感できる物語なのだろうとも思う。物語はこの21世紀において普遍性を持ち、恵子はジェンダー的な文脈からも社会階層的な文脈からも確固としたヒロイン性を獲得しているのである。
すでに入試問題にも取り上げられている本作だが、教科書に載る日もそう遠くないかもしれない。
