教えてあげられること
最近、かこさんと話してて
こどもに教えてやれることって?
ってなった
自分のところに来てくれた
こどもにしてあげられることって
結局そう多くないよねって
考えてみたら
手をとって教えられることって
そうそうなくって
たくさんの体験は
それをするかしないかも含めて
ひとりひとり違うものじゃない?
わたしが鉄棒が苦手だったから
それを思い出すんだと思うんだけど笑
逆上がりって
こうやるんだよって教えたとしても
結局、くるって
そこまで身体を持っていって
できた!!!っていう感覚は
その子のものでしかなくて
できない人にとってはわからないまま
でも、できないわたしが
かこさんの練習に付き合って
彼女ができるまで
とりあえずわからないなりにサポートすることはできていて
なんならアドバイスなんてしちゃったりして
ある日、かこさんはできるようになったけど
彼女ができた瞬間の
「できた!!」っていう体験は
彼女だけのもので
わたしには感じられないもの
彼女が体験した体感も
そのとき目に映ったものも
すべては彼女だけのもの
なんかばくっとしてるし
文字にするとわかりづらいかもだけど
子育てってそういうものかも!?
って思ったの
だから
必要な体験がやってきたとき
それをオープンに受け取って
怖がることなく体験できるように
たくさんの体験をしていくときに
大丈夫、怖くないって
ただそう思えるように
オープンでいられるように
子育てって
そのベースを作っていく作業なのかもって
そしてベースを作ったら
あとは見守るだけ
いつでもcareしてる
いつでも応援してる
ただフラットに
careしてるっていい言葉だよね
「気にかける」って
それが愛だよね
ってかこさん
体験してきたことが
ひとりひとりを形作って
唯一無二の存在になっていく
親ができることって少ないって思えたら
むしろ楽な気もしない?
あ、できるだけエゴを手放していくこと
それは大事!!!
数少ないこどものためにできることかも笑
