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家出中年の日記(旅編その1)●祝島 #2

●第二日 神無月●

 七時に起きて小屋へ向かう。いまや全国でも数少ない船大工のひとり、ダイクさんの仕事場だ。

「これくらい(時間が)あくと感動するのぅ」

 手を動かしたまま茶目っ気を交えて棟梁はそう言った。二〇一〇年に祝島へ旅したことをきっかけに、ライターの仕事をする私はその後も取材でたびたび訪れ、長滞在もしばしば重ねた。半年も間があいたことはそういえば初めてだ。

ダイクさんに弟子はない。和船の需要が減ったため新人が技術を習得しようとしても場数を踏めず、生業として独り立ちする見通しも立たないから、という。その理由には説得力もあるものの、連綿と伝えられてきた匠の技が失われゆくのを漫然と見るのみでは忍びない。

 だから厳島神社の管絃祭でつかう祭礼船をつくるとダイクさんから聞いたとき、その工程を誰か撮影してくれたらと願った。広島県は宮島にある厳島神社はユネスコの世界遺産にも指定されている。時代を超えてきた技術を未来へ継ぐ一途になる気がした。

 それからしばらくして私はリハビリのような日々を過ごすようになった。ほぼ仕事はできない。逆に時間はたっぷりできたので「誰も撮らないなら、いざとなったら私が撮ろうか」と思いはじめ、いつしか「その期間だけでも回復して工程を撮影したい」と願った。ダイクさん夫婦に相談すると内諾を得られた。それはポンコツな私が日々を越える背骨となって、この日へ導いた。

 さて、棟梁の手が休まないならビデオカメラの出番である。挨拶もそこそこに私はカメラをまわしはじめた。

 「木が眠っとる冬に船の材料は切る」など、船材には必要な性質や管理というものがある。それを熟知して適材を揃える長いつきあいの材木店に今回も頼んでいるのに「台風で持ってこられん」と棟梁は弱り気味だ。それでも一部だけは祝島の運搬船で先に運んだそうで、その材木の一枚を前に差し金と呼ぶ曲尺を図面に当てている。トモと呼ぶ船尾の採寸である。

 それから墨つぼと呼ぶ道具を手にとって墨を含んだ糸をカラカラと引っ張りだすと、先端につけた針を寸法どおりの位置に刺す。その糸を指で弾くとパンッという軽い響きとともにに墨色の長い線が瞬時に描かれる仕組みだ。

「これをキチッとやらんと船にならん」

 そう呟きつつ棟梁は、デコボコもある材木に次々と線を引く。ハープや琴を爪弾くような、弓矢を飛ばすような所作で、直線も曲線も自在に描きわける。糸の弾きかたで操るそうだが素人には魔法のようだ。

 それが済むと棟梁は青竹を割りはじめた。本当は船の本体づくりを進めたいのだろう、「材料が届かなくて遊んじょるの」としょげてみせ、小屋に集まる人びとの話に加わりながら手を動かす。みるみるうちに一本の墨さしができた。竹でつくる筆のような道具で、大工の必需品である。

 タミーちゃんがあらわれた。「昼は一緒に食べようや」。祝島では昼食を自宅でとる人が多い。小屋に集まる面々も一一時半には一旦それぞれ家へもどる。私はタミーちゃんの家へ向かうとガラガラガラと引き戸を開けた。タミーちゃんと仲のいいヨーちゃんとリツちゃんの声も聞こえる。三人とも齢八〇前後で、夫は亡くなり、ひとり暮らしだ。

 掘りごたつを囲むと、祝島でモイカと呼ぶアオリイカやサザエなどが卓上に並んでいた。モイカ漁は一〇月に解禁になる。「イカかけに行こうや」と、いそいそする姿が増える季節だ。お相伴にあづかれるとはありがたい。鍋いっぱい湯がいたサザエは漁師のタミーちゃんが祝島の磯で「泳いで採ってきた」。これまた唸るほど旨い。

 ここで「泳ぐ」は「潜る」の意。よそでも言う言葉を祝島では別の意味で用いる場合がある。逆の意味にさえ使うからウッカリできない。

 食後は部屋へもどって三〇分ほど横になる。目下のところ昼寝は私の日課なのだ。それからまた小屋へ出ると、テッコーさんがおもむろにバイクに乗って去った。入れ違いかと思ったら、まもなくパック酒を手にもどってきて紙コップに「祝杯」を注いでくれた。

 馴染みの面々と再会を喜びあう。オリーさんはすっかり痩せていた。二人で互いに顔をみて、思わず「痩せたねぇ」と言いあう。私はともかくオリーさんはもともと細身だから心配だ。

 一六時ころ部屋へもどると撮影した映像データを保存してから明日の準備も済ませ、一七時ころビザちゃんリリちゃんの主屋で夕ごはんをいただく。この島では夕食の時間が早く、一七時は一般的だ。そして夕餉のあと、早めなら一八時、遅くても二〇時くらいには社交の時間となる。

 誰を訪ねるにも私は歩く。人家はすべて徒歩圏だから造作ない。車社会ではないのである。車がないわけではないものの数は少なく、種類は軽トラや軽自動車しか見かけない。だから交通信号機も横断歩道もない。それは別の時間と距離の感覚を知る経験で、中世を彷彿させる路地とともに私は気に入っていた。

 この晩はダイクさんとヒトちゃん夫婦を訪ねた。蒸しアワビとビールをよばれて話す。「一七日に厳島神社へ行こう」と思いがけない言葉もあった。管絃祭の場をしっかり見る機会を得られるなら嬉しいことこのうえない。

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