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やさしさの裏にある「無理せんでええよ」という罠。

「無理せんでいいよ」って言葉、やさしく聞こえますよね。

たしかに、頑張りすぎて心や体を壊してしまうような無理は、しないほうがいいと思います。


でも、少し背伸びして挑戦する無理って、人生を楽しくするスパイスみたいなものなんです。


「できる範囲で」ばかりを繰り返していると、安心はできますが、どこか物足りなさを感じることもあります。


それに気づいたときこそ、人が成長するタイミングなんだと思います。


無理をした先にある達成感や、挑戦したあとの清々しさ。


あの感覚って、やらなければ味わえない特別なものですよね。


「無理をしなきゃ楽しくない」という言葉は、しんどさを美化しているわけではありません。


自分の可能性を広げる本気の無理を知っている人ほど、人生をおもしろくしている気がします。


今日はそんな「無理」と「楽しさ」の関係について、お話したいと思います。


「無理」って、どうしても悪い意味で捉えられがちですよね。我慢とか根性とか、どこか古い時代の考え方のようにも聞こえます。


でも、僕は無理には2つの種類があると思うんです。


ひとつは、自分をすり減らしてしまう「壊す無理」。

もうひとつは、自分の可能性を広げてくれる「伸ばす無理」。


前者は、たしかに避けたほうがいいです。


自分の心や体を追い詰めてまでやることに、幸せはありません。けど、後者の伸ばす無理は、時に人を変える力を持っています。


たとえば、いつもより少し早く起きて勉強するとか、今まで話したことのない人に自分から声をかけてみるとか。


そんな「ちょっとだけしんどいけど、やってみようかな」と思える行動。


それが伸ばす無理です。


この小さな無理が、後から振り返ると「楽しかったな」「やってよかったな」につながることが多いんです。


僕自身、昔は正直「無理や」と思う日が何度もありました。

セール中で忙しすぎて、休憩もほとんどできない。
朝から晩までぶっ通しで仕事。


でも不思議なことに、そんな無理を乗り越えた日の夜って、体はクタクタやのに、心は少し満たされているんですよね。


「今日、よくやったな」って思える感覚。


あれはきっと、限界を少しだけ超えたからこそ感じられる楽しさなんだと思います。


「無理をしないこと」が言われている今の時代。


それ自体は大切な考え方です。


自分を大事にすることは、間違いなく必要なことです。


でも一方で、「無理をしない」という言葉を盾にして、挑戦から逃げてしまう人も増えているように感じます。


「できない理由」を並べて、行動しない自分を守ってしまう。


それでは、楽しさはいつまでたってもやってこないんです。


ほんまの楽しさって、

「できるようになった」
「怖かったけどやってみた」
「頑張った分、報われた」


そう感じられる瞬間の中にあると思うんです。


人が心から「楽しい」と感じるときって、安心の中ではなく、少しの不安や緊張を超えた先にあります。


「無理をやらなきゃ楽しくない」というのは、決して「しんどい思いをしよう」ということではなくて、ちょっと怖いけど、踏み出してみるという意味なんです。


人は誰だって、自分の限界を少しだけ超えたときに、「自分ってこんなこともできるんや」と知ります。


その瞬間こそが、成長であり、楽しさなんです。


大切なのは、無理の質を見極めること。

自分を苦しめる無理は、手放していい。

でも、自分を高める無理なら、少し頑張ってみてもいい。


その小さな挑戦の積み重ねが、いつの間にか自信になって、人生そのものを豊かにしていくと思います。


「無理せんでいいよ」って言葉の裏には、「でも、自分の力を信じてみてもええんちゃう?」というメッセージもあるはずです。


無理のない範囲で生きるのも優しさ。


けど、少しの無理を楽しめるようになると、人生はもっと深く、もっとおもしろくなると思います。


無理をしているときって、しんどい自分しか見えないかもしれません。でも、それを乗り越えた先でしか見えない景色があります。


「ちょっと無理してみようかな」


そう思える瞬間が、きっと人生を変える第一歩になるんだと思います。


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