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なんのはなしですか|花が花になる時

『方向音痴が本気で道に迷って絶壁の崖を走ったら、夫は親父ギャグが止まらなくなった話』

『夢で鼻の毛が伸びすぎたので夫に鼻の毛を切ってもらう夢をみて、飛び起きたあとに、みくまゆたんさんの夢占いに再びすがった話』

『夫が単身赴任先から帰ってくる度に、頭の中で三国志で学んだ陣形をつかい夫を「日曜天国」ネタまみれで囲い込もうとしている話』

 どーにもどれもくだらない、大したことのないもので日ごろ埋め尽くされているのがよく分かる話ばかりです。このどれかひとつを「#なんのはなしですか」の電子書籍に寄稿したいと考えていました。

99人のnoterさんが参加した企画に、私も思い切って参加しました。

書いているのは「なんのはなしか分からない話を書くクリエイターさん」99人です

書籍化にあたって尽力してくださった
本田すのうさんnoteより

【参加者人数を誤って記載していたので5月23日修正しました。確認不足ですみません。】

 もっと気軽に書くつもりで「はい!」と手を挙げて参加の意思表示をするコメント欄に記入した気がします。

 そんな矢先。私自身はガンの検査にひっかかり、精密検査のあとに再検査という時間を過ごすことになったのでした。自分なりに「元気でいよう」「これ以上心配かけてはいけない」と思い続けて過ごしていました。電話口で実家の家族が泣くたびに、空元気でもいいから、元気でいようと無理を続けていました。

 本当は、昨年冒頭から様々あったけれど、やっと立ち直れそうなだなぁーとそれなりに回復しかけた頃に、診断の通知が届いて頭が真っ白になり夢じゃないかとしばらく信じられませんでした。

 季節は12月。夫はクリスマスを一緒に過ごしたくてアレコレしていたのに、私は全て上の空で電話で生返事を繰り返していて大喧嘩になってしまいました。

それをきっかけに、自分の中の何かの糸がぷつりと切れたように塞ぎ込み、夫はもう単身赴任先からもう帰って来ないかもしれないと思い、クリスマスの夜に冷たい布団の中で丸まっていたら、真夜中の2時すぎに夫はクリスマスバーレルを持って帰ってきてくれました。

仕事終わりに片道7時間以上かけて。

布団の中で我慢しきれなかった涙が溢れてきて、顔はぐしゃぐしゃになっていました。でも、帰ってきてくれたことが何よりも嬉しくて、笑って何もなかったように笑った夫の顔を見て、まだ生きていたいと思いました。そして、病気になってごめんと、何度も何度も心の中で謝っても謝りきれない、もどかしさや、苦し紛れに消えていなくなりたいなんて、もう2度と思いたくないと思いました。

 夫の口癖は「好きな物を好きなだけ食べて、よく寝て、好きなことをしていいんだよ」

 クリスマスバーレルを2人で開けて、かぶりついたとき「こんなに美味しいもの食べていいのかなー」と言ったら、夫がなんて言葉を返したのか覚えてていないけれど、笑って2人で美味しい美味しいと食べながら泣いたのを覚えています。

 このときに電子書籍の「#なんのはなしですか」の寄稿文は、夫との思い出にしようと決めました。


 夫は私がnoteをしていることを知らないし、私はひた隠しにしているのだけれど、noteのすべては夫への手紙みたいなものです。

 私に万が一のことがあったら夫に何が残せるのだろうと考え続けているけれど、たぶん形になるものは何も残せない気がしています。それなら言葉でたった一言で言えなかった想いをパズルの様に敷き詰めてみようと書いてみました。
 でもそれを電子書籍への寄稿にするのは自分よがりな気がして書いては消し、書いては消し、を繰り返していると期日はどんどん容赦なく近づいてきました。

 いまこの瞬間にしか書けない言葉を繋いで文章にしようと思って、独りよがりかどうかは読む人が決めてくれたらそれでいいと思うことにして、そもそも「なんのはなしか」も分からない話だからこれでいいのかしら?とひとり納得してみました。もしかしたら、同じように生きている人がいるかもしれないし。

 

 それなのに、年明けに体調の波がちょうど来て書いては消し書いては消し、自分の書いた言葉すら鉛のように重くて辿れなくなってしまったけれど、なんとか期日までに間に合うことができました。(自分の手よ動いてくれてありがとう)

 とりまとめをして下さっている本田すのうさんへ送信ボタンを押した瞬間、ふぅっと体中の力が抜けていきました。

 noteの路地裏にコニシ木の子さんという優しい人がいてくれました。

 昨年末。note公式のコンテストに挑戦しようと書いていたら「#なんのはなしですか」を見つけました。以前から何気なくみかけていた「#なんのはなしですか」。これはなんだろうと、何もよく知らないまま「#なんのはなしですか」を付けて投稿をしてみると、見慣れない人からコメントがついてコメント欄を見に行くと「追っています」と書かれていたので一旦パソコンを閉じました。使ってはいけない言葉を使ってしまったのかしら、と、一瞬慌てたけれどよくよく読むと、どなたにもこのコメントを残してらっしゃるようで「あ、私だけじゃなかった。よかった、よかった。」と思って安心して使い続けました。

 なんのはなしですか。

と呟くだけで、書くのがとても楽しくなりました。

 はじめて「なんのはなしです課 通信」を読んだときわくわくしたのと、あまりに膨大な文字量と紹介している記事数に圧倒され、感動して、わくわくと回収週を待ちわびるようになりました。

 路地裏の創世記をさかのぼると初期~中期あたりから途中膨大になって、カオス期?になる頃から遡る力が出せなくなって、嘘偽りなく正直に書き表すと遡ることに挫折しかけています(現在進行形)。これを作っているコニシさんの心中はどうなっているのか、熱量はどこから湧いてくるんだろうか、静かに淡々としながら底力の底が見えない想いの深い人なんだろうなと勝手に想像しています。

 人に与えて与えて与え続けていく人で、想像力も豊かで控えめで頭の良い人なんだろうな…とまたまた勝手に想像しています。

こんなに、人に与え続けている人なのだから必ず幸せになって欲しいと願っています。会った事もないけれど。笑
見ず知らずの心豊かな人たちが集う、「なんのはなしですか」に救われています。

そして

  実のところ本田すのうさんは、「#なんのはなしですか」よりも先に「#なぜ私は書くのか 」の優秀賞ではじめて記事を読みました。こんな人が世の中にいるんだ…と思って感動していたところに、なんのはなしですかの書籍化の際にお名前を見て1人、「あの時の人が!あの時の人がっ!」と騒いでいたのはここだけの話です。

 マイトンさんは陰日向になりながら、制作に関わったのかなーと想像しています。きっと活躍したんだろうなーと想像が止まりません。

 プロジェクトに向けてたくさんの方が関わってたどり着いたのですね。
本当におめでとうございます。
本当にお疲れ様でした。

ーーー


 夫には路地裏の話は伝えていないけれど、いつか伝えるときが来るまで私は路地裏で気ままに散歩をしていたい。
どんな文章もどんな創作も受入れて楽しんでくれる人たちと形のない場所で出会ってひととき幸せな時間を過ごしていたことを、いつか伝える日が来るまで積み重ねていきたい。

  noteの路地裏の皆さんに感謝をこめて。



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