【旅行と歴史】 岩手県盛岡市/壬生義士伝を巡る旅⑦ 高松公園 2023年11月20日
旅に出る少し前のこと。
東京でタクシードライバーをしている私は、こんなお客さまをにお乗せしました。
この方、それほど目的地までの距離は無かったのですが、話はとても弾みます。
「私、誕生日にはいつもひとり旅をするんです。次は、大好きな小説の舞台となった町へ行こうと考えていて…」
「へぇぇ、どんな本なの?」
「浅田次郎の、壬生義士伝という本なんです」
「ホントに⁉️ 俺も好きでさ。1番好きな小説って言って良いくらい好きなんだ。だから、わざわざ盛岡なんかも行ったんだよ。雫石とか歩いてみたし」
「そうなんですか、良いですね〜❤️」
「割とさ、雫石は城から遠いよ」
「うーん、今回の盛岡の旅は仕事の都合で1泊2日でしか行けないから、雫石には行けるか分かりませんね。😭」
旅行、楽しんできてね!と降りていったお客さま。
数年前の私の投稿を読み直していても、『行きたい町・盛岡』がランクイン。
年に一度の、大切なバースデーひとり旅の機会に、盛岡で何がしたいって、、、
やはり壬生義士伝の土地を、吉村貫一郎が愛した景色を見たかったんです。
これからまだまだ、盛岡旅行記を書いていこうとしている私ですが、間もなく駅へ向かい、新幹線で帰ろうとしているあの時。
吉村貫一郎の最愛の妻・しづの故郷である雫石には行けなかったけれど、、、
貧困に行き詰まったしづが身投げした高松の池のある公園を歩いてみたんですね。
高松公園。のどかで、本当に美しくて。
私は1人、公園を歩きながら、この美しい景色を見て、ホロホロと泣いてしまいました。
声は一切漏らさず、ただ涙だけが流れてきて…
10年前、壬生義士伝を知り、それからたくさんの事が起こりました。
盛岡は、ただ美しいのではなく、水も美味しくて、喧騒などなく静かで。
東京で暮らす私には、紅葉で色づき始めた盛岡の風景が眩しくて。
江戸の頃には何度も飢饉に喘いだ東北の地だけど、人々がなぜ、この地を捨てられなかったのか…
高松の池の写真を見ながら、今も涙が出てきます。
私以外の誰かが見ても、泣けないかもしれないけれど、辛い時や悲しい時は、美しい盛岡を思い出そう…
日本中、美しい町は至る所にあるけれど、
私は南部盛岡の景色を見られて、これからの人生が豊かになったと思います。
南部盛岡は日本一美しい国でござんす。
西に岩手山がそびえ、東には早池峰。
北には姫神山。
城下を流れる中津川は北上川に合わさって豊かな流れになり申す。
続く。→
