見出し画像

子供を持たない人生とその隣にあるたぶん

友人夫婦に子供が生まれたので、会いに行った。
小さい身体にたくさんの愛情を受けて、どんな子に育っていくだろう?

幸せそうな姿を見て、嬉しくなった。
それと同時に少し寂しくなった。
そして、少しうらやましかった。

すごくアクティブな夫婦で、夫婦でいることをいつも全力で楽しんでいるふたりだった。
インドア夫婦の私たちもふたりに連れられてずいぶんと出掛けた。キャンプの楽しさも教えてもらった。

これからはきっと子供のいる生活の楽しさを見せてくれるんだと思う。



私たち夫婦は、たぶん子供は持たない。
最近やっとそう言葉に出せるようになった。

子供連れのお母さんを見ると複雑な気持ちになるときがある。
私が選べなかった人生を、そこに見ている。


私はどちらかというと早く結婚がしたかったし、結婚したら当たり前に子供を持つものだと思っていた。
5つ年上の兄の子が生まれたとき、甥でもこんなに可愛くてたまらないのに、我が子が産まれたらどうなってしまうんだろうとワクワクしたこともあった。


その考えが崩れたのはまだ結婚前のことだった。

夫と交際中、夫の病気が分かった。
詳しくは書けないけれど長期入院が必要なほどで、簡単ではない病だった。
遺伝の心配や薬の副作用から「子供を望むのは難しいかもしれない」と言われて、私たちは子供は持たないのかもとそのときに思った。

2人で生きていくと決めて結婚した。
(私にとっては一大決心だったこの頃の話を夫は覚えてないらしいのでショックだった)

数年経ち、夫の体調も落ち着き、病の問題は当初よりクリアになっていった。
だけど今度は私の体調が悪くなっていった。
持病があって、度々入院を繰り返した。

今は薬のおかげで落ち着いているけど、その薬は妊娠禁忌だ。
30歳で初めて処方されたとき、看護師さんに言われた。
「止めても2ヶ月は身体の中に成分が残るから気をつけてね」
励まそうとしてか、「私は30代後半で子供を産んだから、あなたも大丈夫」と言われた。
でも私は、「この薬をやめられないのに、なんて無神経なことを言うんだろう」と思った。

それでも本当に子供が欲しければ、薬を止めてでも考えるのだと思う。
だけど、それは出来なかった。
ずっと今は子供を持てないという日々を過ごしていた。

体調が悪いときや、大変なことがあったとき、何度も思った。
子供がいなくてよかった。
自分のことさえも出来ないのに、子供がもしいたらどうなっていただろうと。
そうやって少しずつ、子供は持てないのだと気持ちが固まっていった。

冬のうつ期が来ると、生理が止まる。
そのことで産婦人科に行ったことがあった。
エコー検査で診てもらったとき、重複子宮(子宮が2つある)だということが分かった。
自然妊娠には少し苦労するかもしれないと言われた。

その帰り道、涙が止まらなかった。
また、子供を持つことから遠ざかったことが悲しかったのかもしれない。

夫はずっと子供を持つことに前向きではなかった。
自分の病気のことを抜きにしても、「両親がしてくれたように自分は子供にしてあげられない」と言う。
それでも夫はきっと、良いお父さんになったと思う。甥や姪との接し方を見ていて思う。


私が一番に夫のことを考えなくなることも嫌だと彼は言う。
子供のことになると、私は譲れないことが増えるだろう。
そのたびに夫と喧嘩が増えていく気がした。

叶わない未来を想像してそんな風に思う。
私たちは、きっと自分達が一番可愛いのだ。


今年35歳になった。
母は私が子供を持つことを期待しているのをずっとひしひしと感じていた。だから母の気持ちを思うと、話ができなかった。

そんな母も最近は「夫婦2人楽しく過ごせるのがいいね」と言うようになった。
父は前から2人での生活に肯定的だった。家で一番声の大きい父がそう考えてくれるのは、とてもありがたかった。

子供を持たない理由を探して並べている気がする。
ずっとシンプルに考えられなかった。

だから、私は本当は子供が欲しいのか欲しくないのか、思えば結婚してからずっと分からない。
欲しいと思うことから逃げているような気がしてくる。


たぶん私たちは子供は持たない。
体調が悪くなるたび、誰かの出産報告を聞くたびに揺らぐその「たぶん」を抱えてずっと生きていくのかもしれない。

こまち


いいなと思ったら応援しよう!

こまち 応援を励みに努めてまいります。

この記事が参加している募集