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自己理解のその先に、noteがあった

初期の頃に書いた「自己理解」についての記事。
あの頃のわたしは、“自分を知ること”が幸せにつながると思っていた。
でも今は、少し違う形でその答えを見つけている気がする。

この記事は初めてスキを多くもらえて、
「もう少し書いてみよう」と思えたきっかけだった。
だから今回は、あの頃の自分へのアンサーとして書いている。


当時のわたしは、
「自己理解=自分をもっと好きになること」
「自分を分かれば、人とも上手く関われるようになるはず」
そんなふうに思っていた。

でも今は、自己理解って“自分の限界や苦手さを受け入れること”でもあると思う。
無理に誰とでも仲良くする必要なんてないって思えた分、心が軽くなった気がする。

不思議なことに、力を抜いたら、自然とつながりが増えていった。
noteで文章を書き続けるうちに、優しい言葉をかけてくれる人や、似た感覚を持つ人たちと出会えた。

コメントをもらうたびに「ちゃんと届いてるんだ」と感じる。
書くことで、自分が何を大切にしているのかが少しずつ見えてきた。
それが、自己理解のいちばん優しい形なのかもしれない。


だから今なら、あの頃の自分にこう伝えたい。

「自己理解の先にある幸せ」は、
“完璧な自分”になることじゃなくて、
“安心していられる場所”を見つけることなんだよ、と。

noteを通して、わたしは“飾らないままでつながれる場所”を見つけた。
文章を書くことが、わたしをいちばんわたしらしくしてくれる。

そして、"「たくさんの人と関わること」が充実して幸せなことだと感じている"って書いていたけど、
それもnoteのおかげで少しずつ叶っている。
フォロワーさんも増えて、コメントをやりとりできる方々もいて、
“つながりの中で生きている”という実感がある。


あの記事から始まった“書くこと”が、今も私を支えてくれている。
そして、あの頃よりわたしは少し幸せだと思う。


こまち


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