【小説】「 追葬 」二
【二章】
ドールハウスのような天蓋付きベッドの天井をぼうっと眺めながら、暁生は数日前のことを考えていた。
あれから千景は、どうしただろうか。
数日前から母親が帰らないと言っていたが、若菜が家を空けるのはいつものことであった。
職も探さず男遊びにかまけて、家にいてもろくに家事などしない。帰るとすれば、ホテル代もろくに出せないような彼氏を連れ込むときである。
夜に家を出て朝に帰っては、鏡の前で自分の容姿を磨くことだけに情熱を注いでいる。
その容姿を整えるための衣類の洗濯も、消耗品の買い足しも、健康を保つ食事作りでさえ、全て長女の千景一人でまかなっているというのに。
どうしてあの子が、そんな苦労を背負わねばならないのか。
真っ当な両親の元に産まれてこなかった。
ただ、それだけなのに。
「考え事?」
不意に頭上からかけられた吐息混じりの声は、生々しい熱を帯びている。
「んー、まぁ。知り合いが大変そうでさ」
「へぇ。キミって他人の心配とかするんだ」
「失敬な」
先日も失礼なことを言われたような気がする。皆は自分のことをどう思っているのか。
しかし勝手に人の家の鍵を盗んだり、家主の留守に住み着いたりして生きている人間に抱く感情としては、正しいのかもしれない。
「っそろそろ、ヤバいかも」
頭上にいる男は、余裕のない顔で呻く。
それさえも色っぽく見えるのは、誰が見ても息を呑むほど整った容姿だからだろうか。
荒い息と共に、宝石のような汗が頬を伝う。横たわるベッドが、昂るように激しく軋んだ。
「……っ、いい?」
「どーぞ」
聞いても聞かなくても、最後は同じこと。
それなのにわざわざ毎回訪ねてくるのは、この男の優しさなのか何なのか。
不要な気遣いをするくらいなら早く終わってくれと、暁生は寝転がったまま、欠伸をしながらその時を待った。
彼の手が激しく動く度、暁生の深紅の髪がくんっと引っ張られる。
彼の自身に巻き付けられた髪の毛からは、トリートメントを揉み込むような濡れた音が響いた。頭皮がほんのり引き攣る感覚があるだけで、痛みも興奮もない。
ただ暁生はぼんやりとベッドの天井を眺めて、この時間を過ごすのだ。
「、っう」
最高潮に達したと同時に、白濁の欲が吐き出された。ぱたぱたと暁生の髪や頭に飛び散り、それ特有の匂いが漂う。
これが汚いものだとは思わない。
生理現象であり、やがて見慣れてくるものである。
とは言え女の自分は一生それを吐き出す経験ができないために、快楽を想像するしかないのだが。
愛するものや興奮するものは人それぞれ違っても、最後に吐き出すものは全員同じなんだと、暁生はつまらなく思うだけだった。
「ごめんね、痛くなかった?」
一粒も汗をかいてない暁生に対し、男は汗ばんだ額を良質なワイシャツの襟元で拭いながら、頬をほんのり赤く染めている。
事後であるというのに、妙に背景がキラキラと輝いて見える。やはり彼は世に言う「美形」なのであろう。
「ぜーんぜん」
「良かった。じゃあボクはお風呂温めてくるから、タオルで髪拭いててね」
「はーい。今日の入浴剤は?」
「キミの好きなローズもあるけど、新商品のホワイトムスクなんてどう?」
「いいね、それにしよう」
男はにっこり微笑むと、バスルームへ向かった。
ふわふわのバスタオルで、暁生は髪に飛び散ったそれを拭く。ぬるりと生温かいものがタオル越しに伝わって、なんとも言えない不快感が指先に走った。
彼の名前は新 月。
シンゲツ、と書いて、新(アラタ) 月(ルナ)。
彼は所謂、髪フェチである。
二年ほど前にいきなり街で声を掛けられ、上等な紙の名刺を渡された。
シンゲツと読み間違えたことから、新のことを暁生は「シンゲツさん」又は「シンさん」と呼んでいる。
最初は高級ヘアサロンに連れて行かれた。
どうやら彼はサロンのオーナーを務めているようで、高級のシャンプーやらトリートメントやら合計一万八千円の施術を無料でしてくれたのだ。
これまで髪に無頓着だった暁生が、はじめて己の手入れされた髪に気分が上がった瞬間である。
「さ、お湯が沸いたよ! 着替えておいで」
彼曰く人体の頭髪以外には興奮せず、動物の毛皮や人間の体毛は守備範囲外とのこと。
中でも赤毛のロングヘアが好みで、暁生の生まれ持った深紅の髪に一目惚れしたらしい。
「お湯加減どう? 熱くない?」
「ばっちり。ちょうど大きいお風呂に入りたいと思ってたんだよねー」
「それは良かった。ボクもちょうど、キミの髪に触れたいと思っていた頃だったから」
