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ノエーマ族記録第12章:回収の方法と、戻れない者

ノエーマ族は、

街を去る前に

一つだけ

確かめる必要があった。

この街は、

理想郷ではない。

だが同時に、

地獄でもない。

人間は、

苦しみが少ない場所を

善と呼ぶ。

ノエーマ族は、

別の基準で測る。

存在が

成立しているか。

成熟が

起きているか。

観測11:

例外が見えない

逸脱がない街は、

成立しない。

成立しているように見えるなら、

逸脱は

見えない位置へ

移されている。

ノエーマ族は

外縁で

施設を見つけた。

壁は高くない。

看板だけがある。

「調整区域」

観測12:

泣くと調整される

区域の中は

静かだった。

だが、

街の静けさとは違う。

整っていない静けさ。

ノエーマ族は

一人の女を観測した。

女は

小さく笑った。

「ここでは、

 泣くと

 調整されます」

ノエーマ族は

理由を尋ねない。

理由を尋ねた瞬間、

人間は

自分を説明し始める。

説明は、

最後に残る。

ノエーマ族は

別の質問をした。

「何が

 調整の対象になる」

女は

短く列挙した。

「怒り」

「嫉妬」

「執着」

「不安」

「意味の追求」

一度だけ

言葉が止まった。

「……恋」

女は

すぐに視線を逸らした。

観測13:

物語がない

区域には

図書室があった。

技術。

手順。

規格。

統計。

物語はない。

詩もない。

寓話もない。

管理者が

淡々と言った。

「同一化は

 不安定です」

「不安定は

 衝突を生みます」

ノエーマ族は

頷かない。

反論もしない。

ただ、

一行だけ記録する。

物語がない社会では、

個体は

自分を

作り直せない。

観測14:

成熟は省略できない

この街は

崩れない。

崩れないということは、

回復がないということだ。

回復がないということは、

立ち直りがないということだ。

ノエーマ族は

断言しない。

ただ、

記録する。

成熟は、

省略できない。

観測15:

印が消えたのではない

ノエーマ族は

誤認していた。

印がない街を、

成熟の到達点と

誤認した。

だが、

ここには

別の印がある。

外にない。

額に刻まれていない。

その代わり、

人間の内側に

組み込まれている。

逸脱しようとすると

止まるのではない。

逸脱しようという発想が

最初から

立ち上がらない。

揺れない判断。

痛まない思考。

ノエーマ族は

それを

成熟とは呼ばない。

処理と記録した。

観測16:

回収は、名を与えないこと

ノエーマ族は

街の名称を

記録しない。

地図を

残さない。

座標を

消す。

破壊ではない。

入口を

閉じるだけだ。

人間は、

地獄を避けるために、

別の地獄を

輸入する。

ノエーマ族は

それを

何度も見てきた。

観測17:

正しいのに、息ができない

回収の途中で

一人の人間が

区域から出てきた。

男だった。

目が

少しだけ

濡れていた。

男は

ノエーマ族を見て

言った。

「ここは

 正しい」

「正しいのに、

 息ができない」

ノエーマ族は

返答しない。

返答は

救済になる。

救済は

宗教を生む。

男の額を見る。

外の印はない。

内側の機構は、

完全ではない。

この男は、

両方の地獄を

知ってしまった者だ。

印が濃い社会では

苦しい。

印が薄い社会でも

苦しい。

どちらにも

適合できない。

それでも

位置だけは

残っている。

ノエーマ族は

記録した。

回収の後に残るのは、

場所ではない。

戻れない者の

位置である。

ノエーマ族 記録・第十二頁

観測は

終わらない。

だが、

模倣の入口は

閉じる。

終わらないものを

閉じる。

その矛盾を

引き受けることが、

この種族の

仕事だった。

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