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見知らぬ主婦と相合傘参拝(2018年49歳)

「あらー降り始めちゃったかー…」

息苦しい蒸し暑さの9月末。
その日私は、予報よりかなり早く降り始めた雨を、超有名八方除神社の立派な神門でしのいでいた。

空は天変地異のようなドロリとした鉛色。
全身は汗ベッタリ。服のままサウナに入ったような不快さである。

だけれど、私には向かいたい場所がある。
それは、神社の敷地内にある【神苑】だ。
2週間前にご祈祷を受けた際にチケットをいただいたのだ。

【神苑】は、添えられたパンフレットによると、ご社殿奥にある神聖な場。これまでは禁足地だったが、現在はご祈祷を受けた者のみ入ることができるようになり、日本庭園になっている苑内には神社の起源に関わり深い池や茶屋もあるとのことだ。

「茶屋!」
当時、雅な世界に絶大な憧れを抱いていた私は瞠目し、神のお導きとばかりに、案内看板へ突進。
ところが、なんとその日は休苑日!
なので、別日のこの日に再チャレンジすることにしたのだった。

「それにしても、なんでよりによってこんな日に来る気満々になったのか…?」
持参した折り畳み傘のホネをポキポキ伸ばしながらご社殿前を見ると、参拝者は数える程。
芸能人もよく訪れると言われる人気の神社なのだが、まあ平日の朝だし、なにしろこの気象条件だもんな~。

とそこで、ふと右背後が気になった。
チラと振り返ると、視界の隅に主婦らしき女性の左半身。
私よりわずかに年上だろうか。少し離れた所で同じく雨宿りをしておられる。
その呆然とした佇まいから察するに、参拝に来られたものの傘を持っておらず、立ち往生されているようだ。

『突然の雨で困っている人に傘をさしてさしあげる』
その頃、なかなかこの課題を達成できずにいた私は、少しの勇気で半歩近づき、声をかけた。
「もし良かったら、一緒に傘に入ってお参りしませんか?」
「えっ!」

ものすごくビックリされた女性。手をブンブン振り、
「そっ、そんな悪いですから!駐車場に戻れば車の中に傘がありますし、もう少し待ってみます……」
とすかさずご辞退された。

『……まあ、そりゃそうよね。見知らぬ人に突然勧誘されたんだから……』
私は己の怪しげな行動に内心苦笑いしつつ、「そうですか!」とニッコリ一礼。『では、お先に失礼して……』と傘を開いた。

そしたら…ウソみたいなタイミングで、笑っちゃうほど雨が強まったのだ。
これでは駐車場にも戻れない。

私は、実際ちょっと笑いながら、再び声をかけた。
「止みそうにないので、どうぞどうぞ!」
「ええっ!いいんですか!そんな……見ず知らずの私を……」 
「どうぞ、ご遠慮なく!」

と言うことで、ゆきずりの二人は、相合傘でお参りをしたのであった。

********

参拝後、雨が和らぐことを願いながら神門まで戻り、一旦傘を閉じる。
しかし、和らぐどころか、凄まじい勢いで悪化。
鋭い雨脚は地面をバチバチ叩くし、雷までもがゴロゴロうなり始める始末。
まさに滝のような雨。前が見えない。

「いやあーすごいですね!」
荒ぶる天を呆然と眺めながら、笑い合う。
ここまで来ると、逆に清々しい。
私に至っては、カタルシス的快感までもが起こっていた。

「私はこれから神苑に行きますが、雨が酷いので駐車場までお送りしますよ!」
「そ、そんな!とんでもない!それは申し訳ありませんので!」

女性はまたもや強く遠慮なさったが、今回はひと呼吸置いたのち、ちょっと言いにくそうにはにかんでこう付け加えられた。
「……それに、もしかしたら『もう少しここに居なさい』ってことかもしれないので、雨が収まるのを待ってみます」

「ああ!そういうのってありますよね!分かります!!」
私のこの食いつきっぷりが、女性の心を開放したのか否か、それからちょっと不思議なお話を始められたのだったのだった。

「実は、少し前に息子が交通事故で瀕死の状態になったんです。回復の見込みが無いとまで言われて……。でも、ほぼ毎日こちらの神社でお参りしたら、奇跡的に回復したんです」
「ええ!すごい!良かったですね!」
「はい、お医者さんを始め、皆さん本当に驚かれていました!だから、ここはご利益ありますよ!大丈夫!」
女性は、胸の前でギュッとこぶしを握り、力強く励まして下さった。

私は嬉しかった。
いただいた太鼓判はもとより、素晴らしい奇跡が起こっていたことが。

『誰にも平等に奇跡は起こるのだ…。どんなことがあっても、皆愛され導かれているのだ…!』
感動がドミノ倒しのようにサーッと胸一面に広がった。

と同時に、なにかの合図かの如く雷雨は急速に沈静。
空はわずかに明るさを取り戻し始めた。
女性は空を見上げ、にこやかに告げた。
「もうそろそろ雨も上がると思いますから、神苑へどうぞ!本当にありがとうございました!」
その晴れやかなエネルギーに押された私は、ご挨拶をしたのち、ひとり神苑へと向かったのだった。

********

神苑への道中、雨はすっかりふわふわとした霧雨に変わっていた。
『ああ、良かった。これならあまり濡れずに駐車場に辿り着けそうだな』
ホッとしながら先へ進むと、間もなく情趣あふれる外門が姿を現した。

くぐれば、すぐ左手に小さな受付。眼前には圧倒的異空間が広がっている。

受付で伺った案内通り、すぐ先にある手水で清め、斜め前方の神聖なる池へ進む。

その背後で、かすかに呼び止められているような声がした。
発信地はどうやら外門あたりからのようだ。

『はて、係の方かな?なんだろう。もしかして、あんまり池に近寄っちゃいけないのかな……』

小首をかしげ、ゆっくり振り向くと……なんと!傘をさした先程の女性が、門の外から半身を乗り出して呼びかけられているではないか!

度肝を抜かれた私。慌てて駆け寄る。
「どっ、どうしたんですかっ!?なんでここに!?」
「ハアハア……す、すみません!車に戻ったんですけど、このまま帰っちゃいけない気がして。……お名前を聞かなくっちゃ、とか……。ご一緒したいと思って追いかけてきました!ハアハア……」
「ええーーーっ!!」

骨が1本折れた傘を手に、激しく息を切らす女性。
おそらく遠く離れた駐車場から急いで走って来られたのであろう。
まさに一心不乱。『自分でもなんだかよく分からないが、とにかく急いで来た!』といった必死さがありありと見て取れた。

「そ、そうなんですね……!ありがとうございます。でもここはご祈祷を受けて券をもらった人しか入れないんです。どうしよう……」
「以前に何度もご祈祷はしていただいてるんですが……。どうしよう……」
なんでも、息子さんの件でご祈祷は受けたものの、神苑には興味が持てず、券は毎回捨ててしまっていたのだそうだ。

『……こ、これはどうしたものか……』
私は、困惑の表情を浮かべる女性を前に、焦点の合わない目で最適解を模索した。
『ここは神苑を諦めて、この方とどこかでお茶でもした方が良いのだろうか。でも……』
想定外の出来事に、名案が浮かばず堂々巡りをする脳。
無言のままフリーズする二人…。

そこへ声がもたらされた。
「これも折角のご縁ですから、ご一緒にどうぞ!!」

受付の方であった。
おそらく、傍らでそれとなく見ておられたのであろう。思わぬ助け舟を出して下さったのだ。

なんというご厚情!
ふたりはビックリ仰天し、手を叩いて大歓喜した。
殊に女性は、天に舞い上がらんばかりといった喜びようで、
「さっきお会いしたばかりなんですが、ご一緒したくて戻って来たんです!駐車場から!だから、良かった~!ありがとうございます!本当に!」
と全身全霊で感謝。
ひっそりっておられた係の方も、自然と目を細められたのだった。

*********

神苑内は、まさに幽寂閑雅であった。
それでいて自然の精気が溢れている、まさに聖地といった趣きだ。

ところが、何故か女性はうつむきがち。
先ほどの歓喜はどこへやら…。気もそぞろといった面持ちで、せっかくの景色を愉しんでおられないご様子なのである。

それは単にご興味が無いからかもしれないし、駐車場から走破されたお疲れなのかもしれないし、この展開への動揺が残っておられるのかもしれない。
ちょっと気になるところではあったが、いずれにせよ、私としては、入苑したからにはどうしても茶屋に入りたかったので、少々強引気味にご了承を得たのだった。

********

念願の茶屋はしっとり佇んでいた。

カラカラと引いた扉の先に広がったのは、一面の大窓に映る日本庭園の麗しさ。
しとどに濡れ艶めく木々の緑。それらを割って淙々と流れ落ちる、多段の滝。その白く繊細な水筋が名状しがたい美しさである。

「うわぁーー素敵ーー!」

日々の雑念を脳内から吹っ飛ばし、パァァァッ~と高揚するふたり。
いそいそと滝を一番よく眺められるテーブルに着席し、ようやくとひと息ついた。

気づけば、女性も本来の姿を取り戻し始めたようで、この場を愉しむ余裕もチラホラ。
「本当にきれい……」と窓の景色を撮影したり、目を輝かせて室内を堪能したり、普段なかなか身を置くことのない世界に、ウキウキしておられる模様だ。

『ああ、お誘いしてよかった~』
しみじみホッとしていると、ますますリラックスされた女性は、ためらいながらも「実は……」と、更なる《神がかり的不思議体験(確かに聞き手を選ぶような内容)》を語り始めたのであった。

また、お会計の際には「さっきお会いしたばかりなんですけど、ご一緒することになって!!」と、茶屋の方々にも経緯を一生懸命ご説明され、皆を笑顔にさせた。

……そう、女性はどこまでもピュアで真っすぐで、不思議なエネルギーに満ち溢れた方なのであった。

*********

茶屋を出て外門へ戻り来たふたりは、受付の方にあらためてお礼を告げた。
雨は殆ど上がっている。もう傘の出番はなさそうだ。

来た道を辿る。
どことなく言葉少な気なふたりは、お祭の後のような独特な空気感に包まれていた。

途中「車で駅まで送りますよ」と申し出て下さった女性。出逢った神門を再びくぐった時、すぐ脇にある“小さな屋舎”の存在を示し、控えめな口調で大好きなのだとおっしゃった。

立派なお賽銭箱も置かれた、その屋舎。
私も来る時目に入っていた筈なのに、全く認識出来ていなかった。

「中を見てみて下さい!」
なにか言いたげに微笑む女性に促され、近寄って中を覗くと……そこには、見事な白馬とお猿さんの彫像が!
まるで動き出しそうな生命感と神々しさが非常に美しい。

「すごーーいっ!」
「ね、すごいですよね!!」
彼女の笑顔もキラキラと輝いていた。

ふたりはこの屋舎に敬意を払い、再び並んでお参りを始めた。

女性は、私のことを「ミラクルメーカー」だと思われたようだが、私は逆に女性ご自身がそうなのだと思った。
「ミラクルは、純真で一心な人に起こるもの」
そう思わせて下さったのは、まさに彼女だったのだから。

私は、今日のこの不思議な出逢いに深く感謝した。
そして、隣で熱心に手を合わせておられる女性の幸せと、唯一無二の純真一心パワーを、この俗世の中でいつまでも持ち続けられるよう心から願った。