【憲法記念日 憲法9条を考える】
ー 5月3日 読売テレビ ジグザク 出演 ー
憲法についてメディアで、はじめて自分の考えを述べる機会となりました。この議論は強いイデオロギー色・感情的対立を帯びがちであったため、意識的に距離を置いてきました。今後の活動においては、タブー視せず議論を行いたいと感じています。
イデオロギーによる対立は、表面的には意見を戦わせているようでも、実際には互いの溝を深め、立場を硬化させるばかりで、具体的な問題解決に向けた合意形成を著しく困難にする「不毛な対峙」に陥りやすい側面があると感じていたからです。
戦後の日本において、そうした熟議の時間は、一定程度必要だったのかもしれません。戦後80年経ち、「戦後」という一つの時代の区切りが終わり、「次の国際秩序」を探し求める、「次の覇権を求める」人類の危うさを感じます。
国際秩序の動揺と「戦後的思考」の限界
目を世界に転じれば、国際秩序は大きく揺らぎ、米中対立は先鋭化しています。このような時代に、日本が従来の「戦後的な思考」のままで果たして良いのでしょうか。70年以上前に制定された憲法の条文、特に第9条が、今日の日本の平和と安全を確保するための基盤として今なお十分機能しうるのか。私たちは冷静な検証を迫られています。
日本が何を断固として守り、どのようにして「戦わない」外交・安全保障戦略を構築するのか。憲法改正を議論するにしても、それは単なる軍備拡張ではなく、日本の「戦略的自立性」と「国際協調」との間で新たな均衡点を探るプロセスの一部として位置づけるべきでしょう。私たちが直視すべきは、日々深刻化する地政学リスクの厳しい現実です。
次の覇権を求める人類の危うさ
冷戦終結後に訪れたかの見えた安定期は終わり、世界は新たなパワーバランスの模索をはじめています。金融業界・経済視点から見ても、予測困難で混迷を深める時代に突入しています。
これは「戦後」という一つの時代の区切りが終わり、「次の国際秩序」を探し求める、「次の覇権を求める」人類の危うさを感じます。
もちろん、日本が平和を希求し、国際社会にその重要性を訴え続けることは普遍的な価値を持ちます。しかし、残念ながら、その理想とは裏腹に、世界各地で紛争は絶えず、国際秩序は常に揺らぎの中にあります。歴史を紐解けば、人類が争いを繰り返してきた事実は明白です。
建設的な国民的議論へ
憲法改正という一点の制度論の議論をするのではなく、日本という国をトータルで捉え、将来像を描く必要があります。現代における「力」とは、単なる軍事兵器の多寡ではありません。半導体、サイバー、宇宙といった先端技術、経済力、さらには国際的な規範形成能力までを含む「総合的な国力」です。日米同盟においても、技術協力を基盤とした相互依存関係を深め。軍事一辺倒ではない、経済・技術・規範を連携させた、より複層的な戦略を構想すべきではないでしょうか。
戦後80年。今、「戦後的な発想」から脱却し、より具体的で建設的な議論へと移行すべき時時期なのでしょう。憲法審査会などでは、与野党の政治家や専門家の方々によって、長年にわたり丁寧な議論が積み重ねられ、一定の成熟が見られます。
今後は、私たち一般市民のレベルでも、この問題をタブー視することなく、現在の日本が置かれている国際情勢や地政学リスクを冷静に理解した上で、「現実的な路線」とは何かを考える国民的な議論へと発展させていくことが望まれます。
かつて選挙の争点が「安全保障」や「郵政民営化」であった時代もありましたが、近年は「103万円の壁」や「消費税減税」など、より身近な生活課題に関心が集まりがちです。もちろん、日々の生活は極めて重要ですが、同時に、この国をどのような国にしたいのか、自国を守るとはどういうことなのか、といった国家の根幹に関わる問いにも、私たちは想いを馳せる必要なのでしょう。
建設的なバランス点を見出すために
みなさまは何を考える?
戦後80年という一つの節目を迎え、私たちは新たな段階に入っています。この憲法を巡る問題においては、繰り返しになりますが、議論そのものをタブー視しない姿勢が何よりも重要です。
そして、単なるイデオロギー対立や感情論に陥ることなく、日本が直面する『現実的な課題』と、憲法が掲げる『普遍的な理念』との間で、いかにして建設的なバランス点を見出すか。
これを実現するために
最も大切なことは
何だと、皆様はお考えになりますでしょうか。
