もと不登校の15歳の息子がはじめてお金を稼ぐ物語
朝から夜中までゲームにのめり込む息子の将来が不安で不安で仕方がなかった。カチャカチャとリズミカルに響くキーボードの音。
息子の声は聞こえない。
あの頃はゲーム、YouTube、Discordと一緒に生きていた。
今回の主人公はこんな不登校生活をへて高校生になった息子です。
彼は小学1年のちょうど今頃から、学校へ行くのを嫌がった。
「お腹痛い」という言葉から始まった異変は長い不登校生活の始まりだった。
そんな、15歳の息子がはじめて自分の力でお金を手にするまでを書きました。
初めて自分の力で手に入れたお金で得たものは‥
なんの前触れもなく始まった登校前の「お腹が痛い」
数日続きわたしはそれが不登校の始まりだとようやく気づいた。
コミュニケーションが苦手で自分の思ってることを上手く言葉にできず苛立つ息子。
理由を知ってなんとか登校させたいと思うわたし。
それから半年わたしは息子と毎日小学校へ登校することになった。
定位置は息子の席の横。小学1年生の小さなイスに大きな大人が1人。
突然クラスメイトが増えたことをみんなは快く受け入れてくれたのが救いだった。
息子はお腹が空くと異常に機嫌が悪くなる。ネットで調べて低血糖症を疑った。
お腹空いたら教室抜け出しおにぎりで糖分補給をしてみたり、普通ではない息子の様子を日々ノートに記録していた。
不登校につながる原因がわかるかもしれないと思い書き綴って先生と共有していました。
先生はそんなイレギュラーな親子にも親切に寄り添ってくれました。
息子は自分から先生や友達に直接、話すことができず、いつもわたしを介して伝える。これが意外と苦痛で、中学生になってもそれは続きました。
そんな子は他にいなくて、わたしも息子が変わっていると思っていましたが、先生達も大きな戸惑いがありながら色々対応を考えてくださったんだと思うと感謝の思いでいっぱいです。
今では1日があっという間に終わってしまうのに、当時1日はとても長く感じました。
おだてて先に帰れるようにするなどは通用しないので息子の気持ちが整うまで自宅へは帰れない。
もちろん仕事もままならない。
でも、たまたま暇になった時期と重なりうまいこと息子に寄り添うことができたのです。
お勤めしていたら仕事を辞めない限り息子に寄り添うなんて絶対できないことでした。
でも仕事を辞めずに済むし、自由のきく個人事業主で本当良かったとつくづく思います。
わたしの学校への滞在志願は日々まちまちで予測がつかない。
息子が頑張って4時間目以降も学校へいられる時は嬉しい反面わたしの拘束時間が長くて辛い。
とにかく当時は1日がとても長く感じていました。
そんな時、きまって先生はわたしに気遣って給食を用意してくれました。
それにしても教室で過ごす時間はあまりにも暇すぎてある日わたしはクラス全員の名前言えるんじゃないかと片っ端から言ってみた。笑(頭の中で)
予想どうり見事に完全制覇したわたし。毎日登校してるだけのことはある。笑
休み時間にはクラスメイトがわたしに無邪気に話しかけてくれる。
ありがたいことにとても優しい心の子達ばかり。
とても理解のある先生は、わたし達親子にいつも寄り添ってくれた。この温かい心の子供達、先生方がわたしの心の拠り所でした。
毎日親子で登校、教室では隣に座る。息子は教室以外の授業へは参加できないので体育は教室で待つ。集会も音楽も二人で待っていた。
多くの人が参加して場所もさまさまな行事はほとんど参加できない。
みんなが我が子の活躍を楽しみにわいわいしてる運動会も息子からしたら苦痛でしかない。
そんな息子にも運動会に参加して楽しんでもらいたいと思い、わたしは子供達と一緒に入場。黒子のように隣について玉入れに何とか参加した。
もちろん、そんな子は全校生徒でただ1人。
一年生が終わる頃、わたしとの母子登校もなんとかしなくて済むようになりました。
2年生では近所の友達の力を借りてなんとか登校していた。でも行かない時の朝の連絡が苦痛で苦痛で仕方なかった。
行けるか、行けないかは息子の気持次第。そらは息子にだって間際までわからない。
とっても難しい問題だったのです。
わたしは行ける気持ちがあればうまいこと学校へ行かせてあげたい。
でも息子の葛藤を登校時間に合わせて判断するのがほんとに苦痛で仕方ありませんでした。
昨日まで調子良く登校していたのに急に理由を言わずに休みたいという。何んで?と思いますよね。
この時は、担任の先生が出張で不在の不安が休みたい原因でした。しばらくしてわたしもこの法則に気づくことができました。
理由がわかるたびに息子という人間がどんどん解明されて対処法がわかるのですごく助かりました。
不登校が落ち着いていた3、4年生は普通に小学生生活を送れるようになりました。
5年生で突然訪れたコロナでオンライン授業が始まり、行きたくても行けなくなってしまった学校。
不安も持ちつつ、もう不登校になることはないだろうと思っていました。
ところが6年生になって1ヶ月、あることをキッカケに再び不登校生活に悩まされることになったのでした。
小1の幼い時の不登校とは違い、ちょっと大人びた成長期の息子はゲームのプロを目指したいといい、のめり込むようになりました。
あるとき、18万もするゲーミングPCをねだられとっても悩みました。
子供に与えるものとして高額であること、親の目の届かないネットを利用することへの不安。
何度も「今はあげないよ」と説明しても「ゲームが欲しい。なぜダメなんだ。」と執拗に聞いてくる。
こうゆうのがほんとに苦痛で苦痛で....
与えてしまった方が楽なんです。
でもそれが息子にとっていいことではないという思いがあって、悩みに悩んで悩んで悩んで悩んで、悩んだ末に条件をつけて与えることを決めました。
それから彼は来る日も来る日も
朝から晩までずぅぅぅーーーーーっとゲーム三昧。
欲しかったものがやっと手に入ってプロになりたいと言うのだから没頭するのはおかしくない。
でも、部屋からほとんど出てこない社会から孤立した生活。簡単に言ったら「引きこもり」わたしはやるせない気持ちでいっぱいだった。
口数が少ない性格で本やスポーツに興味もなく本当にゲームだけの生活が日常になってしまっていた。
学校へ行かなくてもいい。
勉強ができなくてもいい。
友達がいなくてもいい。
ママは多くは望まないよぉ。
そんなことできなくていいんだけど、でもね、
ただ、ひとつ、たったひとつだけ本当に哀しく思うことがあった。
今思い出してもドライアイなんて嘘のように簡単に涙が溢れてくる。
息子の将来の選択肢を狭めてしまっていることが本当に残念で哀しくて仕方がなかった。
普通の生活をしていたらその価値なんて気づきもしない。
でも普段ふれている環境は、知らないうちに思考に大きく影響を与えていると思いました。
外に出れば普通にある景色、空、雲、季節の移り変わり、学校生活の中で色んな経験をして、色んなことを感じ、色んな感情を持って成長していく。
色んな知識を手に入れてどこまでもどこまでも世界が広がっていく。
はずなのに、それが形成されることがない息子。
狭い知識で狭い選択肢しかないことが息子の未来を閉ざしていくように思て仕方がなかったのです。
くどいけど本当にそれだけが哀しくて哀しくて仕方なかった。
子供には素敵な未来を手に入れる大きな可能性があるのに、それをうまく吸収できない。しかも本人がそれに気づいていない。
だから置かれる環境ってほんとに大事なんだな。とつくづく思います。
はぁ。もう長いですよね。前置き。
ごめんなさい。
なかなか不登校話が長いけど、この物語の大事な部分なので省けずごめんなさい。
もう少しもう少しお付き合いください。
中学でもまたまだ終わらないんです。
不登校こそ無くなったものの普通の学校生活ではありませんでした。
気持ち新たに親子でスタートを切るはずだったのにそう上手くはいかない。
入学式
当日は学校の敷地に入ると途端に足取りが重くなった。
あぁ、もうこれは無理。限界かな。と悟ったわたしはなんとか受付まで頑張ろうと息子を励ます。
なんとか時間ギリギリに受付まで行くことができました。
でもこれが限界。
「ここまでが精一杯です。帰ります。」
と入学式の受付では聞くことがないセリフ。
とその後とんぼ返りの親子に先生もさぞビックリしたことでしょうね。
あの時、わたし達の気持ちを察して臨機応変に対応してくださった先生方、本当にありがとうございました。
新しい生活は夕方、毎日10分だけ登校。頑張って出席日数を保った1年生。
毎日対応してくれた先生、本当にありがとうございました。
教室には入れない息子でも別室への登校ができた2年生。
ゲーム三昧でもいい。
ちゃんと仕事ができて生きていくために必要なお金を稼げればそれでいいんだけど、果たしてそれができるのかな。
正社員じゃなくてもいい、ちゃんと働いて自分でお金を稼げればそれでいい。
ほんとに望むのはただそれだけ。
でも、きっとバイトだって落とされるんだろうな。
こんなにコミュニケーション苦手なのにこの子は社会で働けるのかな。という不安はどう考えても拭えなかった。
言葉にして吐き出すことが上手く出来なくて物に当たり散らした時もありました。
そんな子でも、親がいなくなったら自分で生きていくしかないんです。
それだけは忘れないでほしくてよぉく言い聞かせていました。
「パパとママは〇〇より先に死んじゃうんだからちゃんと働いてお金が稼げないと何もできなくて困るよ」
お金を持っていればある程度のことは解決できる。
だから他のことはさておき、お金を稼げるようになって欲しいと思ってた。
中学3年、別室登校ではあるがちゃんと給食まで食べて来れるようになった。
これだけでもわたしはだいぶ助かります。そして、勉強はろくにしてきてない息子にも進路を考える時期がきた。
幸い、息子のような子を受け入れてくれる高校への進学を選び無事合格することができました。
そして、ようやくここからは今までの学校生活とは打って変わって、新たな日常が始まりました。
毎日欠かさず目覚ましをセット。
決まった時間までに準備を整え自力で登校。早退もすることなく自力で下校。
全部自分で自分の意思で学校生活を送るようになったのです。
あ、そんなの当たり前でしょ。
と思う方が大半だと思います。
でも、不登校の子がいる家庭ではこれが当たり前ではないのです。
世の中の普通と同じことができるということが、わたし達にとっては普通なんかじゃ無くとっても素晴らしいことなんです。
そんな高校生活をしている息子から突然、「Amazonのポイントで買い物していい?」
と聞かれたのです。
持っているはずなどないポイント、一体どうしたんだろうと思って聞いてみた。
すると毎日毎日ゲーム三昧で他に何も出来ないと思っていた息子が、わたしの知らないところでいつの間にかかポイ活をしていたのです!
たまたま、検索に使っていたAIにポイントが溜まる仕組みがあったようで、ある時ポイントが溜まっていることに気がついた。という話。
誰かに教えてもらったわけでもなく、自分で気がついたこと。それだけでも素晴らしいと思ってしまう。
無断で買ってしまうことだってできたはずなのに使う前に親に確認をしたこと。
外出も殆どしない、友達もいないから洋服にも興味がなかったのに初めて自分だけで好きな洋服を選ぶことができたのです。
計算が苦手でコンビニではお札しか使わないのに、初めて自分の力で手にした現代のお金(ポイント)6,000円内はちゃんと計算して買い物をした。
不登校の生活が長かった息子にもお金を手にするための労働ができる。そのお金で欲しい物を手に入れた。
もう、これができればわたしは何もいうことはありません。
ちゃんと自分で生きていく術を身につけたのだから。
この子にできるだろうか。と不安があったのにもかかわらず、とてもあっけなくわたしの願いが叶ってしまいました。
わずかな期間で目まぐるしく成長をしている息子ですが、今回のテーマ「初めて稼いだお金」にまつわるエピソード。
実はこれだけでは終わらなかったのです。
なんの前触れもなく突然、「30日にバイトの面接いく。」と言う息子。
えっ?いつの間に?と寝耳に水なわたしは詳細を聞いて更にビックリしたのです。
だって、バイトをしたいとは聞いていていて校則違反じゃないならやっていいよ。と返事をしてたけどそれっきり音沙汰なし。
でもいつの間にかあの有名なファストフード店のバイトの面接を自分で段取っていたのです。
バイトの面接を自分で段取る。そう、これも当たり前のことですよね。
そうなんですけど、わたし達にとっては当たり前じゃないんです。
息子が他人と話をする
自ら進んで問い合わせをする
親にちゃんと経緯を話す
これ全部ほんとに自分でやったの?
と不登校の子のいる家庭では、当たり前じゃないことで、くどいけど
本当に自分でやったの?と思ってしまうことなのです。
徒歩で20分もかかるのに送迎を頼まない。
何一つ頼らず自力でやっている。
ほんと奇跡。
自分のやりたいことのために全て自分で段取って進めている。
わからないことはちゃんと聞いてくる。
揃えて欲しい書類があるとお願いしてくる。
新しく作った通帳、キャッシュカードについて自分で理解しようとする。
ほんとに全部当たり前のことなんですけどいつの間にかこんなに成長していたことにビックリでした。
これはゲーム友達の年上のお兄さん、息子のことを理解し寄り添ってくれた先生方がいたお陰。
そして、わたしが気長に息子を見守ることができたのは、不登校のお子さんを持つ先輩ママがいてくれたから。
経験者として見守って、わたし達に寄り添ってくれました。
今、色んな要因で不登校になってしまうお子さんが増えています。
わたしの周りにも沢山いました。
まさか、うちの子が不登校になるなんて思いもしませんでした。きっとみんなそう思ってる。
でも、もし私のようにお子さんのことで悩んでるお父さん、お母さんがいたら、こんな子でも変わることができたということを知ってもらえたらいいな。
と思っています。
偶然見かけたnoteの企画、ふとこのエピソードが浮かんで書いてみようと思いました。
さてさて、息子はこれからバイトをして本物のお金を手に入れる喜びを味わいます。
給料日にどんな顔を見せてくれるのかとっても楽しみ。
余裕があれば続編を書くかもしれません。期待せずにお待ちくださいね笑
いずれにせよ。子供も大人も一度しかない人生を楽しめる世の中であるといいな。と思います。
自分で書いておいてなんですが、こんなに長くなるなんて思いませんでした。
どこで文字数使ったかよくわかりませんがなんとか書き上げることができました。
勢いで書いたわたしの初note最後まで読んでいただきうれしいです。
どうもありがとうございました。
もも
