キャバクラ実録 『遊真 ― 夜の町田に溺れた男 ―』 第十四夜 「200万円貸してよ(中編)」

第十四夜 「200万円貸してよ(中編)


「遊ちゃんなら、助けてくれるって信じてる」

「話を聞かなきゃわかんないよ」

カレンは、その200万円について口を開いた。

結論を言えば借金だった。
地方から逃げるように出てきた時からの、
積み重なった借金だった。

ボロアパートしか借りれなかったが、何とか住居は確保できた。その時の敷金や礼金から、今日に至るまでの家賃や生活費。何より、子どもを育てていくためのお金。そんな必要な金が積もり積もって、その金額になっているとのことだった。

払っても払っても、追いつかない……
カレンは、もう限界とも口にした。

「返すアテはあるのか?」

現実的な問いに対して、カレンは即答した。

「月に5万円、ちゃんと返すよ。私ね、地元に帰れば……」

ホントなのか嘘なのかわからない、輝かしい過去の姿を語ってみせながら、それを返せる根拠としていた。
そもそも、そんなにスゴいキャストなら、町田で指名が取れないとくすぶってるはずがない。

だいたい、月に5万円だと? 200万円を5万円で割ると40か月、つまり3年と少しだ。

俺は、その計算式と疑問点を話しながら却下の意志を告げた。

「酷い……ただチャンスがなかっただけだよ、私のこと、その程度だと思ってたんだ……」

カレンは、スマホを取り出して1枚の画像を見せつけてきた。赤ちゃんが手におもちゃを持ち、無邪気に笑っている写真だった。

「私だけじゃない、この子のためにも。私はこの子を死んでも守り抜く!」

ついには、子どもを引き合いに出してきた。
それでも、俺は首を縦に振らなかった。


「もう一つ、話があるんだ……」

カレンはそう言ってしばらく黙り込んだ。

そして、俺の反応をうかがうような間を置いて、口を開いた。

「今月末で店を辞めるんだ……月末の最終日がちょうど土曜日。その日でお別れだよ」

約1年間にわたる東京の暮らしに区切りをつけ、カレンは地元に帰り、新しい人生を歩みたいと言った。地元には、父親が養ってくれるというアテもある。仕事はまた、夜職で挽回できるとも考えているようだった。

そのためにも、借金はキレイに返したいとのことだった。

「振り込み先を書いてきたから」

1枚のメモを手渡そうとするカレンに対して、俺は言った。

「振り込みじゃなくて手渡しだろ、普通は」

俺の言葉に対して、露骨に面倒くさそうな顔をするカレン。

「じゃあ、手渡しは私が辞める前だよね?」

カレンの希望は、辞める前週の日曜日だった。数えて一週間後だった。

俺は何度も、考えさせてくれと言ったが、一向に聞く耳を持たなかった。ついに折れてしまった。

「わかった、その日に答えを出させてくれ」

「遊ちゃんは、必ず助けてくれるって信じてるから」

さらに言葉は続いた。
「家賃と携帯代、あと子ども服を買ったカードローンとか、合わせて20万円ほど急ぎで必要なんだけど。家賃は明日にでも払わなきゃ、強制退去させられちゃう」

「とりあえず、それを先に払ってくれってことか?」

「いま、20万円受け取ることはできる?」

「そんな金、今もってるわけねーだろ」

なんだ、この金、金、金という流れは……。

それでもカレンは、まだ「最後のお願い」を残していた。

「最終日、来て欲しいな。浴衣イベントなんだよ。最後に遊ちゃんに、浴衣姿を見て欲しいんだ…」

普通の俺なら、お別れだバンザイ!と思っただろう。だが、ハンドルを逆に切ってしまった。なぜか、カレンへの執着のようなものが芽生えたのだ。

「最後の出勤日、これで乾杯したいよ」

カレンはメニューを手に取り、シャンパンを指差した。1番高いものと、1番安いものの中間を差していた。金額は10万円だった。

「遊ちゃん……覚えてる? アイツらの嫌がらせ」

カレンをイジメる主犯格のキャストたちが、これみよがしにシャンパンを見せつけ乾杯してきた、あの事件だ。

「あの時ね、遊ちゃんなら、いつか必ず私にシャンパンおろしてくれると思ったんだ。だか私、耐えれたの……」

あの時の申し訳なさが頭をよぎった。俺自身も悔しかった。カレンにも、あの時の悔しさに決着をつけて欲しいと思い、シャンパンの約束をした。

見送りの時に、カレンは抱き合うかのような距離で言った。

「最後……浴衣姿を見に来てね。私、似合うんだから。遊ちゃんに最後、一番きれいな私を見届けて欲しい……」

甘えるような声と寂しげな表情に、俺はまた心を揺さぶられた。


翌日の夜、俺は自宅の車庫に止めた車の中からヨウスケに電話した。誰かに現状を聞いて欲しかった。

「遊真さん、どうしちゃったんですか!  おかしいと思いません?   金を貸した翌週が最終出勤日、それが終われば地元に帰ります、ハイさよならなんて」

「だよな、そう思うだろ」

「じゃあ、なんで切らないんですか!」

「わからんのだよ、俺にも」

煮えきらない俺の言葉が続く中、次第にヨウスケも苛立ちを見せ始めた。

「緊急の支払いがあるんですよね? 俺が遊真さんに20万円貸しますよ!それを渡して縁を切ってください!」

「すまん、OKとは言えない……」

「何やってるんですか! そいつヤバいです、ほんとに」

「すまん、俺にもわからないんだ」

不毛なやり取りは1時間半にも及んだ。


その翌日は、エメラルドに。

海さんとは、いつの間にか「遊真」「海」と呼び合うようになっていた。

だからこそ、海さんなりの考えを聞きたかった。最善策を見出せるのでは、と期待しながら。

海さんは、一部始終を聞いたあと、一つひとつ確認するかのように尋ねてきた。

「日曜日、行くの?」

「行っちゃうだろうねぇ」

「怪しいと思ってる?思ってない?」

「そりゃ思ってるよ」

「貸したお金は返ってくるかな」

「返ってこない気がする」

「なぜ?」

「なんか人として?が付くし。嘘かホントかわかんないけど、昔はこんなにスゴかったからみたいなこと言うけどさ、それが今は町田で指名も取れないっていう……。返済能力あるのかって思うよ」

「返す気はありそうなの?」

「返済も月に5万円とか。どんだけかかって返すんだよって感じ。ウヤムヤにする気かもね」

「なんかムカつかない?」

「ムカつくよ。だって、結局カネの話になるんだもん」

「お金を貸したら好き放題にヤれそう?」

「俺、女は純血の日本人じゃないと性的な興味わかないんだよ。ハーフもダメ」

「貸したらどんなストーリーになりそう?」

「金を貸す、最後の出勤に行く、地元に帰る、返済が滞る、あるいは返済がない。最悪は連絡が取れなくなるとか」

「後悔するようなことになるんじゃない?」

「そうなると思うよ」

それだけ聞くと、海さんは酒を作り始めた。

氷をグラスに入れながら、海さんはため息交じりに呟いた。

「アホくさ……」

「アホくさって何だよ!」

「アホくさいもん。私、この話にはタッチしないから。答え出てるじゃん」

答えを一緒に考えて欲しいのに……なんだか、突き放された気がしてたまらなかった。

クニャクニャと悩む男なんか、どうでもいいと思われたのかと寂しい気持ちにもなった。

見送りの時、海さんは茶化すように言った。


「遊真の名に恥じぬよう、しっかりしたまえ!」


海さんはクスクスと笑いながら、敬礼のポーズをとった。

エメラルドを出て間もなく、海さんからLINEが届いた。


「遊真、しっかり!」


見捨てられてないんだなと、ホッとした。

それでも、俺の迷いは消えなかった。

金は返ってこないかもしれない。

そんなことは、分かっている。

でも、俺はカレンに「無理だ」と言えなかった。

断ればいいだけなのに、その一言が出てこない。

金を貸したいわけでもない。カレンを信用しているわけでもない。

ただ、ここで俺まで手を引いたら、カレンが本当に終わってしまうような気がしていた。

今思えば、それもただの独りよがりな思い込みだった。

その頃の俺には、その思い込みを振り切るだけの力がなかった。


そして日曜日。

待ち合わせは、相模大野駅近くの某コインパーキング。時間は午前10時。

セカンドバッグの中には、封筒に入れた現金200万円。

俺は目的地に向け、ゆっくりとアクセルを踏んだ。

〜 後編に続く 〜


※本編は事実に基づいた内容ですが、プライバシー保護のため、人物名および店名はすべて仮名としています。

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