短編。10年目の再会。。🥺💘
並木道の坂を登りきるとそこにはかつて通い慣れた懐かしい煉瓦造りの洋館があった。
もうないだろうと思っていたのにここだけは昔の佇まいをそっくり残していることに安堵した。
その洋館はかなり古く戦前からここだけ戦火を逃れて残った建物でその昔からなぜか増改築を繰り返され、1Fにはなんとも奇妙な和洋折衷型のような粋なCafeになっていて、どこかノスタルジックな雰囲気を醸し出していた。
もうとっくに取り壊されていると思っていたのに、まだあったことに諒子はホッとした。
以前、ここを訪れたのはそう確か10年前の今日。あの日以来である。
あの日、孝行から突然電話が入り、今すぐ逢いたいという。
諒子は急いで待ち合わせのこのCafeに来ようとするのだが、途中交通事故の車があって中々道を進めず一時間遅れでその場所に着くと既に孝行の姿はいなかった。
遅れると連絡したのに…
どうして待っててくれなかったのと心で呟いた!
すると、お店のマスターが橘諒子さんですよね。佐伯さんから貴方宛の手紙を預かっています。
え、手紙を?
その手紙にはもう君とは逢えなくなった。すまない。理由は聞かないでくれと言う簡単なものだった。
なにがなんだか分からず、その後孝行に連絡するが電話も繋がらず、住まいも転居していた。
一体何があったというの。。。
まるで狐につままれたように、頭が真っ白になった。散々心当たりを探してみたけど、孝行の消息は全く掴めなかった。
そしてその手紙の最後に、もし10年後君がまだ独りならまたこの場所で君に逢いたいと…
なんなの、それって!
孝行は会社も辞め、跡形もなく消えてしまった。
あれからあっという間の10年。月日の経つのは早いもの。光陰矢の如し。まさにそうだわ!
諒子もその後お見合いで結婚するもよく言う性格の不一致とやらで3年で別れ、今は独り身だった。
諒子は訳もなくどうしても孝行に逢いたくなってこの日坂を登ってきた。
あの人はこの約束を覚えているのだろうか⁉️
そして、当時の二人の指定席だったこのカフェの唯一の窓側の席。
その席は大きく十字型に仕切った木枠が妙にノスタルジックな情感を誘い、そこから見える坂道の銀杏並木はどこか異国情緒溢れる恋人たちの散歩道になっていた。
既にお店は経営者が変わり、若い夫婦がお店を切り盛りしていた。
諒子は窓の外をなにをみるでもなくぼんやりと眺めた。
微かに銀杏の枝に残っていた葉が1枚2枚と舞い落ちるのを見ながら、珈琲をゆっくりと啜った。
あれから10年経ったなんて信じられない。孝行と別れたあの日とまるで同じ光景だった。
あの時も私は独りこの席に座った。
Cafeの名前は"l'amour"
経営者が変わっても同じ名前でいてくれたことがなんとなく嬉しかった。
11月の半ばのこの季節は日が暮れるのも早く、諒子は既にそこにかなりの時間座っていた。
もうこんな時間、あの人はやっぱり来ない。いえ、来る筈もない。そして苦笑いしなごら、すくっと立ち上がった時、古いドアが軋む音と共に開いた。
諒子はドアに目を移すと髪の毛を一つに束ねたトレンチコートを着た女性が立っていた。
そして諒子の前に立ち、橘諒子さんではありませんか⁉️
えぇ、そうですが貴方はどなたですか?
突然スミマセンm(_ _)m
私は…
私は佐伯孝行の…
佐伯孝行の妻…
妻です。
妻?
孝行さんの奥さまがどうしてここに…
ここに掛けても宜しいですか?
どうしても貴女にお渡したいものがあったので…
渡したいものって?
孝行の日記です。
孝行さんは…
孝行さんが来ないでどうしてあの方の奥さまがここにいらしたの?
実は孝行は1年前の丁度この季節に亡くなりました。
亡くなったってどういうことですか?
なにがなんだか話の要領がつかめないのですが、、。
彼は貴女と別れてからずっと日記をつけていたのです。それも9年間も。
彼は片時も貴女を忘れることなく、ずっと愛し続けていたのです。
でも、10年前彼から突然姿を消したのよ。
それは…
彼はその当時、喉の調子が悪くずっと通院していたのですが、咽頭ガンが見つかり、声帯を切らなければならず、それは即ち声を失うこと。
そんな自分を貴女にだけはみせたくなかったのです。
それから彼の闘病生活が始まりました。良くなっては退院。少し様態が悪くなるとまた入院。
何度も自殺しかけたのですが、わたくしがそんな彼を支えました。
わたしは当時彼が入院していた病院の看護士をしていて彼をずっと見守ってきました。
そしていつしか二人で暮らすようになり、彼は声を失ってもリハビリを続けて、少しずつ明るさを取り戻していたのですが、元々悪性のリンパ腫もあり、力尽きて亡くなりました。
彼の遺品を整理していたら、この日記を見つけたのです。
彼の闘病生活を支えたのは悲しいかなわたしではなく、いつか貴女に逢いたい。その一心だったのです。
私はこれを読んだ時愕然としました。私は一体この人のなんだったのって。
この日記を破いて燃やして仕舞おうと何度も思いました。
でも、それは彼故人の遺志に逆らうこと。私はわたしなりにあの人を側で支え愛していました。
でもあの人はただの一度も私には愛しているとは言ってくれなかった。感謝してるとは言ってくれても…
彼の中では貴女が永遠の存在だったのです。
でも、どうして私だと分かったのですか?
それは彼が綴った言葉から容易に貴女だと想像できました。
私はこれを貴女に渡せたのでホッとしました。私もこれで肩の荷が下りました。
ではこれで失礼します。
あ、待って‼️
もういいのです。私はあの人に愛されなくても私は愛した。それだけで十分です。
孝行もやっと貴女の元に戻れて幸せでしょう。
ではこれで。
彼女は踵を返して出ていった。
目の前に置かれた薄汚れ破れかけた分厚いノートが数冊。
諒子は手に取り、丁寧にページを捲った。
その中の彼はまるで私が彼の側にいるかのような語り口で語られていた。
諒子、ごめん。突然君の前から姿を消したことをどんなに悔やんだかしれない。だが、こんな俺を君には見せたくなかった。君は僕にとって宝物だった。
天真爛漫で笑うと頬のえくぼがへこんで、いつもキラキラと輝いていた。
俺は君に結婚を申し込むつもりが最終検査の結果で悪性リンパ腫が見つかり、喉にも転移していて、こんな俺はお前を幸せにできないと思ったんだ…
諒子はそれらのノートを読み終えた時涙で顔がぐしょぐしょになった。もし、あの時、私が遅れず孝行に逢っていたら事態は変わっていたのだろうか⁉️
あの人は私との約束を守ってこうして来てくれた。姿形は見えないけど、きっと目の前にいるんだわ。
孝行…
やっと逢えたわね❗
涙がいつしか微笑みに変わっていた。
そして、いつしか窓の外は雨から霙に変わっていた…。
諒子、君にはやはり笑顔が一番似合うよと孝行の声が微かに聞こえたような気がした。。。
