続けられる力の原点は、好きの中にあった|好きじゃないミルクの時間が楽しみだったわけ
苦手だったはずなのに、なぜか嫌いじゃなかったもの
こんにちは。
習慣化コンサルタントのマダムMOTOKOです。
子どもの頃、
苦手だったはずなのに、
なぜか嫌いじゃなかったものってありますか?
最近、
自分の“はじめの100か月”を振り返る中で、
そんな問いを自分自身に投げかけることが増えました。
すると、
ふっと浮かんできたのが、
幼稚園の頃の“ミルク”の記憶でした。
私が通っていた幼稚園では、
毎日午前のおやつの時間になると、
温かいミルクが出ていました。
今思えば、
あれは脱脂粉乳だったのだと思います。(笑)
今のようにパックに入ったものではなく、
大きな容器の中で丁寧に作られた、
いわば手作りのミルクでした。
大きなミルクポットから、
一人ひとりのカップに注いでもらう。
そんな光景が、
今でも不思議なくらい鮮明に思い出されます。
正直に言うと、
私はあのミルクの味そのものが好きだったか
と言われると、
たぶんそうではありません。
独特の香り。
少しだけ舌に残る感じ。
口に含んだときの、
なんとも言えないまろやかさと、
少し重たい感じ。
今の牛乳のような
すっきりした味ではなく、
もっとやさしくて、
でも少しクセがある・・・・。
子どもながらに、
「おいしい!」と
喜んで飲んでいたわけではなかった気がします。
でも、不思議なことに
私は、その時間が大好きだったんです。
私が好きだったのは、ミルクではなく“その時間”だった
記憶をたどっていくと、
私の中に浮かんできたのは、
あのミルクの味ではありませんでした。
一番に浮かぶのは
ミルクのおばちゃんの姿です。
大きなミルクポットを抱えながら、
ゆっくり教室に入ってくる。
そして、
一人ひとりのカップに、
丁寧にミルクを注いでくれる。
その時に立ちのぼる、
ふわっとした湯気。
カップの中に、
とろりと流れ込んでいくミルク。
コップに触れる、
かすかな音。
そして、
「はい、どうぞ。」
そんな優しい声。
私はどうやら、
ミルクそのものではなく、
その時間に流れていた安心感や、
ぬくもりが好きだったみたいなんです。
だから、
味が好きじゃなくても、
毎日ちゃんと飲んでいた。
飲まされていた、
ではなく、
その時間が待ち遠しかった。
今思うと、
そんな子どもだったんだなと思います。
子どもの私は、“苦手”の中に“好き”を見つけていた
こうして振り返ってみると、
私は子どもの頃から、
少し変わったところがあったのかもしれません。
苦手なものは苦手。
嫌だなと思うことだって、
もちろんあったと思います。
でも、その中に、
「これ、好きかも。」
そんな何かを見つけるのが、
わりと得意だったのかもしれません。
ミルクの味は好きじゃない。
でも、
ミルクのおばちゃんが好き。
注いでくれる姿が好き。
立ちのぼる湯気が好き。
順番を待つ時間が好き。
だから飲めた。
いや、
もしかしたら、
好きなものがあったからこそ、
苦手なものにも向き合えたのかもしれません。
習慣は、“頑張ること”から始まるわけじゃない
今、
習慣と向き合うたくさんの方と関わる中で、
「続けるには意志が必要ですよね。」
「苦手なことでも、頑張らないといけませんよね。」
そんな言葉をよく耳にします。
もちろん、それも大切です。
でも、 私は最近、
幼い頃のこのミルクの記憶を思い出すたびに、
こんなことを感じるんです。
人は、
正しいから続くのではなく、
安心できるから続く。
そして、
好きなものがあるから、続けられる。
幼稚園の頃の私は、
そのことをもう知っていたのかもしれません。
まだ“習慣”なんて言葉も知らない頃に。
あなたが覚えている、“なぜか好きだった時間”はありますか?
今のあなたにも、ありませんか?
本当は苦手だったはずなのに、
なぜか嫌いじゃなかったもの。
思い出そうとすると、
味や出来事ではなく、
誰かの声だったり。
部屋の匂いだったり。
差し込む光だったり。
その場にいた人のぬくもりだったり。
そんなものが浮かんでくることってありませんか?
もしかしたら、
そこに今のあなたをつくっている
“原点習慣”が隠れているのかもしれません。
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