【BL二次小説】 炎の金メダル⑯
キッ。
日が暮れかかった頃、荒北が買い物袋をいくつも提げ自転車で帰って来た。
「……?」
いつも笑顔で外まで出迎えに来る新開の姿が見えない。
仕方ないので袋を両手に抱えたまま、玄関扉を足で開ける。
玄関フロアは電気が点いておらず、薄暗かった。
「オーイ新開ィ。荷物運ぶの手伝ってくれヨ」
吹き抜けに荒北の声が響く。
しかし返答は無い。
「?」
買い物袋を持ってキッチンへ行く。
新開は居ない。
夕食を作った気配もない。
「ドコ行ったんだ?アイツ」
家の中を捜して廻る荒北。
研究室へ入る。
部屋の隅で新開が、椅子に横向きに座っていた。
「……」
下を向いてなにやらブツブツ呟いている。
「何やってんだ。電気も点けないで」
パチン。
荒北は壁の電灯スイッチを入れた。
「……」
新開はゆっくりと荒北の方を向く。
複雑な表情をしている。
「……どした?」
荒北は新開に近付いて尋ねた。
「……情報を遮断した生活をしているのは、おめさんのためじゃない。オレのため……だろ?」
「!!」
ギョッとする荒北。
「オレに、余計な知識を付けさせないためだ。オレを賢くさせたら、何をするかわからないから。……そうだろ?」
新開は椅子から立ち上がり、荒北の方へゆっくりと歩み寄る。
「ど、どうしたんだよ新開、突然……」
「“新開”……」
新開は自分の名前を噛み締めるように呟く。
「おめさんにとって、“新開”はどっちなんだ。オレなのか。新開隼人なのか」
「── !!!」
驚愕する荒北。
なぜ!
なぜアイツの名前が今、急に!?
新開隼人がオリンピックに出ている事など知らない荒北は、突然の新開の発言に困惑する。
「靖友……。オレは、新開隼人じゃないよ……。同じ姿をしていても、アイツとは、違う」
新開は悲しそうな表情で主張した。
「……!!」
── そうなのだ。
5年前、新開を初めて起動してからほんの数分で、荒北はすぐにそれに気が付いた。
このアンドロイドは、新開隼人にそっくりだが、新開隼人本人ではない。
自分は何をやってるのだ。
何を作ってしまったのだ。
荒北はすぐに後悔した。
目が覚めた、と言った方が正しい。
「オレの名前は……“新開”だね。OK、靖友」
しかし目の前に立つ産まれたばかりの新開は、このほんの数分間で、視界に入る物を凄まじいスピードで理解し、解析し、頭脳に取り込んでいく。
命は、
もう、
誕生してしまったのだ。
新開隼人と同じ顔、同じ身体、同じ声、同じ性格。
しかし、コピーではなく、独立した意思を持つアンドロイド。
機械でもなく、人形でもなく、これはれっきとした……
知的生命体なのだ ──!
その時すぐにシャットダウンすれば良かった。
しかし、荒北には出来なかった。
それは、赤ん坊を一人殺すことに等しいからだ。
アイツと同じ姿をしたコイツを……。
オレが生み出したコイツを……。
殺すなんて、出来るかよ!!
処分はしないと決めたものの、この新開をどうしたら良いかわからない。
もし、人目に触れたら。
もし、人間ではないとバレたら。
世界初の、新種の人工知的生命体を生み出してしまったのだ。
よくあるペットロボットや、チャットGPTとは訳が違う。
世間に知られたら大騒ぎになる。
そんなことになったら、コイツは、どうなる?
見世物にされて。
研究材料にされて。
果ては、軍事転用 ──!!
逃げなくては!
隠れなくては!
考えている時間は無い。
すぐに今居る場所から離れる決心をした。
誰も知らない土地へ!
誰も来ない場所へ!
こうして荒北は5年前、新開を連れて失踪したのだった ──。
