掌編 「ナルキッソスの檻」
私を映す。
あなたの瞳が見つめる世界では、見慣れた寮も、まるでドールハウスのよう。
わたしとあなたの二段ベッド。あなたが怖がるから、上へとあがる梯子は二揃え。パッチワークの模様はシンメトリ。
つがいの鶫が寄る窓は、かんのん開きの蝶番。開くときには、きぃと鳴き、閉める時にも、きぃと鳴く。
思い出のオルゴール。順回りと逆回り、偶数の歯車。パイプオルガンの鍵盤は、右も左もまんべんなく奏でられる。
それがあなたの見ている世界。私の眺める世界。瞳と瞳は通う道。悪魔が通る道。
あなたはそっと手を伸ばし、私と手のひらを重ねる。しわとしわ、指先の影までぴったり合わさって、私にはあなたの指が見えない。あなたには私の指が見えない。
もうこれ以上、近付けない?
あなたが首を振ると、私も首を振る。真似するように。
まだ近付ける。あなたはそっと顔を寄せて、熱い唇を、あるいは、凍える唇をやはり重ねた。
二の無限乗のキス。偶数の接吻。ミルフィーユは甘く、やわらかい。
あなたと私のまつげがこすれあい、木漏れ日の音が聞こえ、憩う憂いは、そびやかされた小鳥のように飛び立った。
つめたく、ぬるく、なめらかに。あなたの舌と私の舌と、舐め合い、味わい、注ぎ合う蜜の唾液は行きつ戻りつ。
波は満ち、波は引く。わたしとあなたの潮汐力は、ちょうど均等。月の雫はさらさらと。
初夏の風、晩秋の風。季節のはじまりの匂い。ちょうど半分。時間は折り返す。
あなたが身体を離すとき、わたしはまるで突き放されるよう。
まばたきを繰り返す。開く、閉じる、開く、閉じる。本当はどちら?
トランプがシャッフルされて、けれど、絵柄はどんどん揃っていく。ハートの一から、スペードのキングまで。カードをカットすれば、また一組、また一組と、端整に並べられていく数字と絵柄。
あなたとの真剣衰弱は、なぜだかいつも終わらない。
口に残ったあなたの唾液が結晶し、からん、ころんと歯に当たる。
飴は何度も折り返されて、作られることを知っている? 一万年前の飴玉には、一万年前の空気が閉じ込められている。
琥珀? 私は知らない。あなたも知らない。
宝石も、飴玉も、瞳のよう。きらきらと、くらくらと。
瞳と瞳は合わせ鏡。無限に広がる二の倍数、その世界。あなたはそこの住人。無垢な瞳で私を見つめる。
私を映す。
あなたは鏡。
私を映す。
