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最後の恋になればいい 第15話


#創作大賞2024 #恋愛小説部門

いよいよ東京を発つ日がやってきた。発つと言ってもほんの数日で帰ってくるのだけれど、私にとっては人生の一大事と言ってもいいくらい、大きな出来事だ。
バスの運転手に乗車券を見せ、バスに乗り込む。席に着いてしばらくするとバスが発進した。
窓の外を眺めなていると、だんだんと地元の景色が近づいてくる。その度に私の中の記憶が呼び起こされていった。

あれは、ある日の大学の帰り道のこと。
自転車を押して、私と卓也はイチョウがたくさん落ちた大学構内の道を並んで歩いてた。
「そろそろ就活だね」
「だな」
「どの辺で就活するか決めてる?」
「俺は……地元出ようかなって」
「へえ。じゃあ私もそうしよっかな」
「え、芽生。地元残るって言ってたんじゃ」
「うーん。でも卓也がそう言うなら出てくのもありかなって」
今思えば何を思い上がっていたのだろう。勝手に卓也との未来を夢見ていた。穴があったら入りたいと言えばこのことだ。私が何も知らずに話す隣で卓也がどんな顔をしていたのか、あの頃は見えなかったのに、今になって鮮明に見えてくる。

極めつけは、あの飲み会。
その日はサークルで文化祭の打ち上げをしていた。私は女友達と楽しく飲んでいたのだけれど、隅の方の席から随分酔っぱらった卓也の声が聞こえてきた。
「俺今フリーだから!」
「うそ~先輩彼女いるじゃん!」
一気に心臓が凍りついたような気がした。振り向けば、ベロベロになった卓也が女の子の後輩たちをはべらせている。
「え、彼女? あ~。いーのいーの」
ヘラヘラと笑う卓也と対照的に、私の顔はピシッと固まって口角すら上げられなくなっていく。
「芽生……」
心配してくれている女友達の声にもうまく返せずに、やっと「私、帰るね」とだけ絞り出して、私は居酒屋を出た。
家に帰って、私は悩みに悩んだ末「ばーか」とだけメッセージを送ったけれど、それについてのボールは返ってこないまま、テスト期間に入ってしまった。そして、「テスト終わったら飲みに行こう」と言う卓也からのメッセージがそのうち入って、私の「ばーか」は流れていってしまった。
そうして迎えたテスト明けの二人だけの飲み会が、あの何回も夢に見た、別れの日になってしまったというわけだ。
今思えばいくつも、別れのサインは出ていた。だけどあの頃の私は気づこうとしていなかった。そりゃ、私は別れたくなかったんだから気づかないふりをして信じるしかなかったのかもしれないけれど、それにしたって、もう少し心の準備も出来ていれば今ここまで引きずっていなかったかもしれないのに。なんて、今更ながら自分を叱ってみる。
もちろん、私が送った「ばーか」のメッセージについてはさすがに当時も何度も考えて、反省した。もっと具体的に言えばよかっただとか、酔っ払いの言うことなんだからスルーすればよかっただとか、それはそれはあれこれ考えた。
あの「ばーか」が原因だったのかも、色んなものが積もっていった結果あれが決定打になってしまったのかも、はたまた全く関係なかったのかも、今でもわからない。だけど今思うのは、私はああいう時、「ばーか」と言えないような関係性は、やっぱり嫌だということだ。
おかしいな。付き合った当初の、卓也の方が私を好きな気持ちが大きかった頃は、私がヤキモチを妬いたら卓也は喜んでくれていたのに。自分の気持ちの方が冷めてきたら、ヤキモチを妬かれるのは鬱陶しいという風に変わってしまうんだろうか。恋愛は、どちらかの気持ちが大きく膨らみ過ぎてしまったら、そこで終わってしまうんだろうか。
『もし俺が今30歳とかなら、芽衣にプロポーズしてたかもしれない。だけど、俺たちはまだ21だ』
何度も何度も頭の中で繰り返した、卓也からの別れの言葉。
別れるにはとても曖昧で、未来への希望を持たせるような言い回しだ。きっと私を傷つけまいという気持ちと卓也の素直な気持ち、どちらもが混ざった言葉だったんだろう。今思えば、この言葉がずっと、私を7年も縛りつけていたのかもしれない。私と卓也は、お互いが嫌になったとか、どちらかが浮気したとか、そんなありふれた、別れの理由トップ3に入るような理由で別れるんじゃない、私たちの場合は特別なんだと、この卓也の言葉があったから心のどこかで思ってしまっていた。社会に出て、これは別れの言葉として特に珍しいものではないと知ることになっても、それでもどこかで自分たちは特別だと信じていたし、受け入れたくなかった。私たちの別れは特別なものでもなんでもなかったのだと、少し昔とは様子が変わった地元の景色を見て、本当に今、やっと受け入れられた。
何年も経つ間に、思い出は悪いところは削ぎ落されて、美化されていく。私が思い出したり夢に見ていたのは、そういう、美化された部分ばかりだったのかもしれない。削ぎ落されていた方の記憶を思い出せば、卓也に対して好きと反省以外の感情も浮かんでくる。だけど、一緒にいた時の楽しさや、他の人には感じなかったしっくりくる居心地のよさ、絶妙に女心をくすぐる仕草や言葉、あの時私がもっとうまく付き合えていたら今頃……と、確かにまだ残る熱もあって、それが今の私を卓也との再会へと動かしている。
未だに、会って何を言おうか、私はどうしたいのか、その答えにはたどり着いていないけれど、こうして気持ちを整理していくことで卓也と会うことに少しだけ後ろ向きだった気持ちが前向きなものへと変わっていく。
「でもマスターなら、卓也みたいなフリ方しないんだろうなあ……」
どうしてそこでマスターが出てくるんだろう。自分でもそう思いながら、自然に漏れていたひとり言が恥ずかしくなって、私はマフラーに顔を埋めた。

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