最後の恋になればいい 第11話
きっとマスターなら断るだろう。
その私の予想は大きく外れ、私とマスターは日曜日の朝っぱらから、動物園のチケット売り場前で白い息を吐きながら体を縮こませている。
マスターの眉間には皺が寄っている。優しいから断れなかったのだろうと思うと申し訳ない。
「……なんか、すみません」
「何が」
「あ、いえ。付き合わせて」
「あんたが悪いわけじゃねえだろ。で?」
「で、とは」
「なんで動物園なわけ。俺今日この後仕事なんですけど。匂いつくだろ」
「ご、ごめんなさい。やっぱり今からでも違うところに……!」
「ですよね~!」と踵を返そうとすると、私のマフラーがグイッと引っ張られて動きを止められる。
「うわっ」
振り向くと、マスターが頭をぽりぽり搔いている。
私、知ってる。こういう時のマスターは。
「あー」
「どうしました?」
「違う。別に。いいから。行きたかったんだろ? 行くぞ」
そう、照れ隠しだ。マスターは掴めないように見えて、意外とわかりやすいところもあるのだとここ何週間かの付き合いで学んだ。
「最初からそう言ってくださいよわかりづらい」
「うるせえな! いいか? 俺とあんたが二人で会って、『おはよ~』、『おはよぉ。じゃ、行こっか♡』ってなるのおかしいだろ! ムズムズすんだろ!」
「まあ、そうですね。……あ、わかりました。つまりマスターは、動物園にどういうテンションで入ればいいかつかみ損ねてたってわけですね?」
「は? うるせ。早く済ませんぞ予行演習。おら」
マスターが私のマフラーを持ったまま引きずるようにして動物園に入って行く。チケットは途中でマスターが買って、有無を言わさず渡された。
「……奢られた」
チケットには象の写真が載っている。なんだか面白くて一人笑っていると「笑うな!」とマスターが怒鳴るから、余計に可笑しくなってしまった。
気温は頬を刺すように低く冷たいけれど、空はよく晴れて、日差しが柔らかく入園客たちを包み込んでいる。まるでマスターみたいだなと私は空を見てまた一人笑った。
* * *
私は結局芽生に誰と幸せになって欲しいのかと聞かれれば、それは芽生が選んだ人とであれば誰とでもいいと言うのが私の答えだ。
だから私は芽生が元カレと復縁したいのならそれを応援するし、マスターが気になるのであればそれを応援するし、里見さんがいいと言うならそれを応援する、ただそれだけ。ただ、田中さんは私のだから駄目だけど。
少しひと悶着あったようだけれど、無事に芽生とマスターが動物園へと入って行く。マフラーを引きずられるなんて結構雑な扱いを受けているけれど、なんだかんだ芽生もマスターも楽しそうだ。
「なかなかいい感じですな」
「ですな」
一緒に物陰に隠れていた里見さんも顔を出し、二人の後ろ姿を見守る。何を話しているかまではわからないけれど、あの二人はお互いと話している時とても人間らしく、コロコロと表情が変わっているのをきっと自覚していない。
「結構お似合いなのになんで気づかないかな」
「同感」
芽生が望む人なら相手が田中さん以外なら誰でも応援する。それは本当だけれど、私の中の本当の本音は、今見ている景色が答えだ。何故かと言われると言葉で説明するのは難しいけれど、私の勘が言っている。
「あ、里見さん。二人ペンギンの方行っちゃいます! 私たちも行きますよ!」
「はいよ~」
軽い返事をする里見さんのマフラーを引っ掴んで、芽生とマスターの後をつける。こちらもマフラーを引きずるという同じことをしているはずなのに、芽生とマスターとは全く雰囲気が違う。完全に、何も化学反応は生まれていない。
芽生、こういうことよ。
心の中で芽生に話しかけながら、私は里見さんと共に二人の尾行を開始した。
