指導とは何か?3

「これは当て込みで」

いつもは用心深く
決してそんなリスキーな稽古はしない
代表理事兼宗家代行最高師範七段が
不穏な緊張感を漂わせて
囁きました

子供達に
一連の約束組手の手本を見せていた時のことでした
中段突き中段外受け一本返し()
の順番が来た途端
不意に
囁いたのです

私が攻撃拳役
珍しく指導に参加した
代表理事兼宗家代行最高師範七段が待ち拳役
でした

約束組手の中段突きとは
中段追い突きのことです
2mほど移動して水月を突く技です
非現実的なほど移動時間が掛かる見えやすい攻撃技で
待ち拳の間合い感覚の上達を促すためだけにある攻撃技です
約束組手のためだけにある攻撃技です
伝統派の自由組手でさえ使われることは金輪際無いと言って良い
非実戦的な突き技です
つまり
「当て込みで」
と言われても
中段追い突きの方は99%当たりません

この約束組手を
「当て込みでやる」
と宣言するということは
何を意味するかというと
ほぼ
待ち拳側が返しの突きで
「一方的に殴るぜ」
と宣言するということを意味します
つまり
代表理事兼宗家代行最高師範七段が一方的に私を殴る
ということを意味するのです

この約束組手では
待ち拳(代表理事兼宗家代行最高師範七段)は
アウトサイドに飛んで避け
攻撃拳(私)の肋骨に中段突きを返します

筋肉の薄いアバラを正拳突きで折るなど
成人なら誰でも出来ます
肺もしくは心臓に折った肋骨を刺す事も可能でしょう

完全に
当てる伝統派と言われる硬式空手の自由組手元全日本チャンピオン
である代表理事兼宗家代行最高師範七段
の土俵です

もしも大人の空手家が見学していて
この囁きを聞いていたら
あまりの卑怯さにドン引きするところです

しかし
見学していたのは
何十人もの小さな子供達

代表理事兼宗家代行最高師範七段の腰巾着こと
おばさん正指導員ひとり
だけ

絶体絶命
と言った状況です






この時

私が何を思ったかというと

(どうせ当たっちゃうんだろうな)

でした

追い突きは私が最も稽古し研究した技でした

追い突きは
空手の基本です
基本中の基本です
空手の全ての技は追い突きの応用と言っても過言ではありません
蹴り技はおろか受け技さえも追い突きから派生した技と言えます
追い突きがレベルアップすれば全ての技がレベルアップします

私は追い突きには自信があったのです

(でもなあ
あまり殺伐とした雰囲気になったら
子供達が可哀想だな
来ると分かりきっている返しの中段突きくらい
俺なら身体を揺すって化かせば
大丈夫だろう)

気を取り直して
やられたふりをすることに決めました

子供達には分からない程度に手抜きした
反応しやすい中段追い突き攻撃を出しました

代表理事兼宗家代行最高師範七段は
本来横に飛ぶ約束組手なのに
後方に大きく飛び退き
私の動向を注意深く観察しました

大変に用心深いですね
本気度が伝わってきます

しかし
私の手抜き技を見て
すっかり緊張の糸が緩んでしまったようです

(なんだ余裕だ
取り越し苦労か)

と思ったのでしょう
大笑いしています

「はっはっは
そんなゆっくりじゃ意味ねーんだよ
もっと速く来い!!!」
水月を撃ち抜きました
発勁で背骨をへし折って再起不能にしても良い状況でしたが
子供達がトラウマになってもいけないので
1割くらいの威力に抑えました

「ぐえっ」

宗家の真似をしたポニーテールと顎髭が揺れました

(………)

代表理事兼宗家代行最高師範七段は
しばらく呆然としていました


急に思い出したかのように怒り出しました

「何当ててんだこの野郎!」

(なんて鈍いんだ?
いつでも殺せるほどの実力差がある事を今証明したのに
まだ親にプレゼントしてもらった肩書きごときで
乗り切れると信じているのか?)

私は本来
血生臭い争いごとは好みません
こうべを垂れて争いが避けられるなら
こうべを垂れて争いを避けるタイプです
しかし
道場は修行の場です
そして
私は仮にも指導する立場です
悪人を
肩書きがあるからといって
のさばらしてしまうわけには行きません
肩書きさえあれば悪人でものさばれる
そんな世界を
子供達に見せるわけには行きません
私の方から折れてあげて
大人対応でこの場を丸く収める
という選択肢を選ぶ事は出来ません

私はゆっくりとゆっくりと腕組みをして
代表理事兼宗家代行最高師範七段の前に
立ちはだかりました

代表理事兼宗家代行最高師範七段は
しばらく私の目を睨みつけていましたが
私は平然と
細い息を吐いて脱力し
細目にして代表理事兼宗家代行最高師範七段の全身を含めた広くを観ました
来たら今度は
潰す
覚悟です

[通用しない]

と悟ったようです
代表理事兼宗家代行最高師範七段は
目を伏せてうなだれました

私の専門は待ち拳です
しかし
待ち拳の研究とは
実は
攻撃拳の深層構造を研究することです
攻撃拳のチャンピオンを攻撃拳で子供扱い出来るくらい
攻撃拳を究めなければ
待ち拳など使えるものではありません

この時点で
私は茶帯でした

1ヶ月もしないウチに
昇段審査になりました
元キックボクサーなど現役フルコン選手の本部指導員4人を含む方々が
元立ちをしてくれた
10人組み手を
私独自のこだわりである
一歩も動かない待ち拳で
クリアーして
初段になりました


私に組み手指導してくれた宗家が
私を黒帯に推薦してくれていたのでしょうね
私と組み手をしたことのあるまともな有段者達は
皆さん私を高く評価してくれていたこともあり
代表理事兼宗家代行最高師範七段でも
もはや反対し続けることは難しかったのでしょう

だから
代表理事兼宗家代行最高師範七段は
リスキーな事をしてでも
私の昇段前に私を潰して追い出さねば
気が済まなかったのでしょう

何故?

代表理事兼宗家代行最高師範七段は
いまだに宗家からは
白帯しか授かっていないからです
黒帯を宗家から貰えていないからです
彼の巻いている黒帯は
空手素人の父親(流派オーナー)から
プレゼントされたモノだったのです

そんな代表理事兼宗家代行最高師範七段の管轄道場の稽古生
代表理事兼宗家代行最高師範七段の手の内にあるはずの稽古生
である私

本来私を指導する立場である代表理事兼宗家代行最高師範七段を追い越して
宗家から黒帯を授かる

多くの人には見えない真実ですが
代表理事兼宗家代行最高師範七段には
そんな真実が見えてしまっています
代表理事兼宗家代行最高師範七段は
私の昇段を
どうしても許せなかったのでしょう


私にとっては
大好きな宗家から
黒帯を頂くことは
嬉しくないというと嘘になりますが
正直目的でも目標でもなんでもありませんでした
私は自分の実力を上げる事にしか興味が無かったのです

「圧倒的に強い人相手に
平然と戦って制する事が出来るかどうか?」

私にとっては
その課題に対する
自己評価が全てだったのです






宗家は
常々

「指導は背中でしろ」

とおっしゃっていました


あの日は
私なりに
背中で指導出来たんじゃないかな
と思っています




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