ジャワ島横断~ロンボック島まで ソロの旅 ジャワ原人の故郷を訪ねて
バイクでジョグジャに戻り、ジョグジャから通勤列車でソロに移動しました。
ソロは20年前に一度だけ来たことがあります。その時は中心地だけしか見ていません。
今回はまだ行ったことのない郊外のヒンドゥー寺院2つと、ジャワ原人の骨が見つかったサンギラン初期人類遺跡を見るのが目的です。
それと温泉も。
1.新しい温泉を発見する
朝、パランクスモの海岸沿いを走った。

朝から空気がムワッとしている。
海岸なだけ、ジョグジャの街なかよりはずっとましなはずだ。
暑くて1時間走る予定が50分になってしまった。
朝食を探しがてら朝風呂に行くことにし、汗で濡れた服を洗って干すと出かけた。
お店のおばちゃんに5000ルピア払い、前日と同じ浴室に入る。
日によって泉質が変わる温泉とおじさんが言っていたのは本当か、確かめるため舐めてみた。
すると苦味が増している。香りに変化はなさそうだ。
硫黄成分が増したのだろうか。
よく分からない。
軽めに入ったのに、前日に続き汗が引かない。熱の湯の力を再認識した。
朝食をコンビニで食べようと温泉を出て歩いていると、温泉の看板を見かけた。

昨日はそのまま浜辺に出たので見なかったのだろう。
地図にも出てこない。
温泉があるのか店にいる人に尋ねると、裏に温泉が湧いているのを見せてくれた。
掘削動力揚タイプだ。ポンプを使ってくみ上げている。

泉質をみたくて、頼んでみると、かなり熱いお湯で、香りからして明らかに硫黄成分が含まれている。
店の人もここのお湯はブレラン(硫黄のこと: belerang)が入っていると言っていた。
しょっぱい硫黄泉は珍しい。わたしは人生で一度しか入ったことがない。
滅多なことでは出会えない貴重な泉質の温泉なので、連続入浴になるが入ることにした。
個室風呂のみ。

わたしが入ったことのあるしょっぱい硫黄泉は、井上靖の小説「海峡」の舞台となった、青森県は風間浦村の下風呂温泉。
本州最北端の大間崎まで5キロほどの最果ての地だ。
2つある源泉の1つがそうだった。
ああ、湯が滲みて来る。本州の、北の果ての海っぱたで、雪降り積る温泉旅館の浴槽に沈んで、俺はいま硫黄の匂いを嗅いでいる。
同じ海っぱたでも、こっちはジャワ島の南の果てだから、硫黄の香りも随分と違って感じる。
そういえば、井上靖が風間浦を訪ねたのは漁り火を見るためだった。
パランクスモも夜たくさんの漁船による漁り火が見える。
かなり温まってしまい、もはや汗がひくことは期待できない。
汗びっしょりのまま服を着て、コンビニ飯で朝食を取る。
水分補給にポカリスエットをがぶ飲みした。
2.ジョグジャからソロへ移動
宿で水を浴び汗を流し、しばらくバルコニーから海を見ていた。
それから荷物を詰め込み、最後にもう一度ニャイ・ロロ・キドゥルの海を眺めたら出発だ。
宿の人は誰もおらず、挨拶せずに出てしまった。
そもそも鍵がないから、チェックアウトといってもやることはない。
ジョグジャ行きのバスが出ると聞いた広場に行き、ベンチで休んでいるおじさんたちに様子を聞いたものの、いつ出るのか全く要領を得ない。
仕方なくゴジェックを呼び駅に向かう。
運転手によれば、どうやらジョグジャには2つ駅があり、ソロ行きの汽車はどっちから出るのか分からない。
調べ漏れだ。
着いてみると、ラッキーなことにソロ行きの通勤列車が出発する始発駅だった。
チケットはプリペイドカードで4万ルピア。3万がカード発行費、1万がプリペイド相当の金額。
まだ汽車は来てないからしばらく待てと言われた。
30分近く待つと赤とシルバーの電車が来た。ディーゼル機関車ではない。
日本の中古車両でもなさそうだ。

日本の通勤列車に乗っている気分になったのか、安心したようで寝てしまった。
目が覚めたらもうソロはすぐそこだった。
3.ジャワ原人の故郷 サンギラン初期人類遺跡へ行く
わたしは歴史好きで、今や原人の時代まで興味の範囲に入っている。
この時代は化石だけが唯一の手がかりで、どの地層から出たかで年代を測定するしかない。
そうなると歴史はその時点で集まった限られた情報を元にした仮説でしかなく、新たな発見の度に書き換えられる宿命にある。
例えば、ジャワ原人はわたしが習った頃は「ピテカントロプス」だった。たまの「さよなら人類」の歌詞に出ているやつだ。今はホモ・エレクトス・エレクトスという。
より猿人から人間に近づいた。
他にもいつの時代に生息していたかについても180万年前から今は130万年前になっているし、オーストラリアのアボリジニはジャワ原人から進化した説も否定されている。
ホモ・サピエンスは全てアフリカから出てきて広まったというのが通説だ。
年代測定では日本の研究チームが活躍している。日本が先を行く地層の火山灰から特定するやり方。
温泉を見に行く
博物館の駐車場から200メートルほど田んぼを入ったところに、「Sumber air asin(しょっぱい水の泉)」という場所がある。
温泉を探している時にgoogle mapで発見した。
たとえ冷たかったとしても、一定レベルの成分が入っていれば温泉に分類される。
1リットルあたり1000mg以上の成分が入っていれば、塩化物泉という立派な温泉になり、25度未満の場合は冷鉱泉という温泉だ。冷たいのに温泉と言えるからややこしい。
わたしは、ジャワ原人がここで塩分を取ったり、料理に使ったんじゃないかと浪漫を感じて、その場所がどんなところか確かめたかった。

泉はただの汚い水たまりのようだ。
触ると温度は生ぬるいくらいで、冷たくはない。
舐めるのに勇気が必要だったが、意を決して舐めたところ、塩気は全くなかった。
どうしたのだろう。
ちょっとがっかりした。
博物館へ行く
気を取り直し、駐車場から博物館へ歩いていく。

おそらく地元民に送迎の仕事を与えるため、わざと離れたところに駐車場を作ったのだろう。結構遠い。
わたしは天邪鬼なので、相手の意図がわかるとわざと逆をやり合わせない時があり、歩いた。

博物館はかなり広く、展示内容もバラエティーに富んでいる。
化石から想像して人体にしているのがいい。イメージがわきやすい。

サンギランで発見された人体の化石は70体あり、これは全世界で発見された類似の化石の75%に相当すると書いてある。
日本人の専門家の先生の論文では、ジャワ原人の骨の8割がサンギランで発掘されていると書いてある。おそらく日本人の方が正しいだろう。
ここは人体だけではなく、古代の海の生物や絶滅した動物の化石もたくさん見つかっている。
なぜたくさん見つかるのかの説明があったので紹介したい。
ジャワ島は古代の海底が隆起してできた地層で、その上に200万年程度地層が重なっている。
その重なった地層が、両側から押されることで丘のように隆起し、さらに盛り上がった場所が侵食され地層が削られることで、1番下の100万年以上前の地層が剥き出しになる。

そこに化石があって見つかるというわけだ。
雨で土砂が崩れたら出てきたとか、畑を耕していたらコツンと当たったとか、それくらい簡単に出てくるらしい。
わたしはこの説明を見て、わたしの思い描いていたロマンが成立しないことに気づいた。
ジャワ原人が飲んだ塩水かと浪漫を感じた泉は、侵食された新しい地層にできたもので、ジャワ原人の時代とは何も関係ない。
他にも色々面白い展示があった。小人(ホビット)と呼ばれるフローレス原人についての展示もあった。
初めてフローレス原人の頭蓋骨のレプリカを見た。小さい。



フローレス原人の頭蓋骨は驚きの小ささだ。身長が低いだけでなく、頭も比例して小さくなるようだ。人間の子供や小人症の方々とは全く違う。
いろいろ勉強になった。
博物館入り口近く食堂で、カップラーメンを食べながらスマホの充電をさせてもらう。
店のおじさんたちと話すと、ここには毎年たくさん日本人がやってきて、何ヶ月も滞在するそうだ。みな研究者たちで、もう何十年もの間やってきているという。
おじさんが名前を挙げていく中に、わたしが読んだ記事を書いた馬場教授の名前も出てきた。
他にも海部教授、諏訪元教授とこの分野の研究者の名前が次々と出てきた。
みんな俺の友達だと言っていた。
日本人の研究者たちの草の根レベルでの食い込み方に、尊敬の念を禁じ得ない。
ホテルは朝走るのに良さそうな公園の横にした。

久しぶりにホテルと呼べる場所に泊まる。こんなに快適だったのかと感じられる。
夕食はホテルのビュッフェが安かったので、ホテルで済ますことにした。
ソロのご当地料理が出ると聞いたのだ。
ところが、インドネシア料理には違いないが、ソロではなくスンダの料理だった。
これなら外で食べた方が良かった。
明日は寺院と温泉に行く。ー
