あなたの茶柱を立てなさい【すっぱいチェリーたち🍒】#スピンオフ垣野
「ちょっとコレ、どゆこと⁉」
いつもの商品棚の前でプライスカードを睨みつけて呆然としているところへ商品補充に顔馴染みのスタッフがやって来た。
「あ、いつもどうも。何をお探しで?」
「30円くらい上がってんじゃないの!」
アタクシはプライスカードを指差す。
「あぁ、ゆずポン酢ですか」
棚に並んだ黄色いラベルを見てスタッフは言う。
「しょうがないんですよぉ、メーカーさんも。原材料とか燃料費とかもろもろ上がっちゃってますからねぇ」
「なーるほど! じゃないわよっ!」
スタッフが済まなさそうに首を傾げるのにつられて思わず相槌をしてしまって慌てて打ち消した。
「今年に入ってから何回値上げしてくれてんのよ! なんだかんだと理由つけてまさか便乗してんじゃないでしょうね⁉」
「違いますよぉ!」
「こっちだってポン活がかかってんのよ!」
「ポン活? 当方も好きで値上げしてるわけじゃありませんよぉ」
スタッフは失笑しながら答える。
「そこはスミマセンけど、クーポンとかポイントとかをうまくご利用頂いて…」
「ポを並べて遊ぶんじゃないわよ! ポンよ! ポ・ン・酢!」
アタクシの剣幕にスタッフは困惑の苦笑いのまま首を振る。
「次にまた値上げしたら承知しないんだからっ!」
アタクシは600mlの瓶をカゴに入れるとプイッと踵を返してレジへ向かった。
アタクシは垣野。
真っ黒な市松人形みたいな髪以外、大したとりえもない平凡なオンナ。そして高校教師。
学生時代、さして得意でもなかった古典なのに、今は田梨木高校でそれを教えてる。てへぺろ(・ω<)
偏差値にハマる大学に進学して、特にやりたいこともなかったから友人に誘われるまま何となく教員養成課程に進んで今に至る。学部が文系だったってだけで、源氏物語さえ読んだことのない私が「春はあげぽよ~」とかって教えてる。
ん? これは清少納言か。
昔から何やってもすぐに飽きちゃって、特別に何か打ち込んだこともなく、真剣に自分の将来なんてものに向き合ったこともない。
ぶっちゃけ、こんなアタクシに教えられる生徒たちに土下座したくなることがあんのよね。
それでも、生徒たちを見ているのは好き。
テストが赤点だった吉田吉夫のしょげた顔、フラれたショックで保健室へ泣きついたのに、茶保先生にバナナを渡されて泣きっ面でツッコミ返す盛男、いねむりばかりしている保志の無邪気な寝顔。
彼らのクシャクシャなイケてない表情でさえキラキラしてて、アタクシには眩しかったりすんのよ。
ああ、アオハルだなあって。
彼らのそんな表情を思い浮かべて飲むビールはウマい。
それが今日まで教職を続けられた理由だろうなって思うわけ。
…アタクシも昔はあんなキラキラしたカオしてたのかしらん。
レジを済ませて商品を袋詰めをする。
あーも! ちきしょーめ!
手がカッサカサでビニール袋の口が開けられん!
消毒用アルコールが置いてあるけど、ただでさえ乾燥で爪先が割れそうなのに、そんなものいちいち使ってたらアタクシの指は干し芋みたいになっちゃうっつーの。
いつもの時間ではないせいか、店内の買い物客はだいぶ減っていて、サッカー台には自分しかいなかった。アタクシは誰も見ていないのを確かめてから指をなめてビニール袋の口を開けた。
今日はいつもよりだいぶ帰りが遅くなってしまった。
油木先生のクラスの生徒、壽賀美と二人、さっきまで職員室に残っていたからなの。
壽賀美は、丸顔で小柄な大人しい感じの生徒。何が好きで何が得意とかさっぱり知らない。
授業中はたいてい、視線の定まらない目で窓の外を見てたり、板書をするわけでもなく黒板を凝視していたりする。そうかと思えばふいにニヤっと笑ったり。
あれは、自分の世界に浸って何か空想でもしてんのかな。
そんな壽賀美が、今日の授業では熱心にノートをとっているので珍しいなと思ったの。他の生徒が教科書を音読している最中に何を書いているんだ?って気になって、背後からそっと近づいて彼女の手元を覗くとそこは「」でくくられたセリフと思しきもので埋め尽くされてた。
アタクシがすぐ傍らで見ていることにも気づかず、壽賀美は頬を少し紅潮させて夢中で書いている。
何なの? 壽賀美。何に夢中になってんの?
何があなたをそんなに無心にさせてるわけ?
はたとアタクシに気づき、怯えてこちらを見上げる壽賀美に「なーるほどね」と、すまして通り過ぎたけど。
でも、やっぱり気になったもんだから、彼女を職員室へ呼びつけたの。
放課後になってやって来た壽賀美。
授業中に書いていたのは学園祭で披露することになった演劇の台本だと彼女はおどおどと答えた。
やっぱりね。そうだったのねと思いつつ、アタクシは何故だか壽賀美らしい気がしたの。
しかも。彼女の書いていた物語は思いのほか面白かったんだ、これが。
気づくとアタクシは、もの凄い勢いでページをめくって壽賀美の書いた文字を追っていた。読み終えて感想を言うつもりで何か所か指摘すると、それまで叱られるものと思い込んでしょぼくれていた壽賀美の目が、急にぱぁっと光が差し込んだみたいになって喰いついて来たわけ。
そして気が付けばアタクシったら、時間を忘れて壽賀美と台本の修正をやってて。
…何だか自分も壽賀美と同じ10代に戻ったみたいだったのよね。
誰もいなくなった職員室。
ようやく台本の手直しを終えてふと窓の外を見ると、日はとっくに暮れて真っ暗だった。
「お腹すいたでしょ。どうぞ」
アタクシは一番下の引き出しの奥から紫色のパッケージの菓子袋を取り出して壽賀美に差し出した。
「アタクシ、コーヒー飲むけど、あなたは炭酸がいいのかな?」
「あ、いえ。コーヒーで」
壽賀美の和風テイストの丸い顔は『コーヒー』ではなく『おーい、お茶』と言わせるとぴったりだなとアタクシは思わず吹き出しそうになる。
「すごくいいものが書けました! ありがとうございます」
『おーい、お茶』壽賀美がはにかんで笑う。
彼女がこんなに朗らかに話す子だったなんて、意外だった。
生徒たちにも色とりどり色んな個性がある。アタクシには知り得ない、未知の可能性を秘めた世界。つまり、なーるほど the ワールド!ね~。
「私、すっごく楽しかったです!」
壽賀美のはにかんだ笑顔につられてアタクシの表情もほころんでしまう。
ほら、キラキラよ。こんな表情を見られるのよ。
これが教師の醍醐味と言わずして何と言うべき?
もう真っ暗だから、送って行こうかと言ったが、学校から自宅は近いのと、賑やかな通りを行くだけだから大丈夫だと壽賀美はノートを鞄に詰めながら答える。
「先生が一緒に書いてくださって、嬉しかったです」
カバンの留め金を締めて壽賀美はおずおずと言う。
「あの。先生も台本とか書くのが好きなんですか?」
「いいえ、一度も書いたことないわ」
「じゃあドラマとか、映画が好きとか?」
「ドラマねぇ、そんなに観てないかな。テレビ自体あんまりつけないから」
ニュースもスマホでちょっとチェックする程度だ。だから茶保先生と油木先生が盛り上がって話している俳優のハナシなんかもさっぱりわからない。
「そうなんですか? じゃあどうして私の台本に付き合ってくれたんですか?」
壽賀美に言われて自分でも「はて?」と首を傾げた。
どうしてだろう。ひたすら言葉を紡ぐことに無心で夢中な壽賀美の表情にこちらも何だかワクワクしちゃったんだもの。
ただそれだけなのだもの。
「…あなたに茶柱を見たのね、きっと」
「茶柱?」
鞄を持ちあげようとする手を止め、壽賀美は小動物みたいにきょとんと私を見る。
「あなたはあなたの茶柱を立てなさい!」
アタクシは親指を立てて壽賀美にニヤリと笑いかけると、照れ隠しに窓のブラインドに少し隙間を開けて校庭をのぞき込む。
灯に照らされて白く浮かび上がるサッカーゴールが見える。
「あなたたちはね、アタクシたちに茶柱を見せてくれるの。あなたたちは生きてるだけで、アタクシたちにエネルギーを与えてくれる。あなた…」
ブラインドから手を離して振り返ると、そこに壽賀美の姿はなかった。
「たちは…」
続けようとした言葉を呑みこんで、机の上に散らばった菓子の空き袋をゴミ箱に放り込んでみたけど、やっぱり叫びたくなった。
「帰りますくらい言いなさいよぉぉ!!!」
少しだけ開いている職員室の引き戸の隙間から、ふっと風が忍び込んで足元をすり抜けた。
アパートの自室に戻り、スーパーで買って来た食材を袋から取り出すとシャワーを先に浴びた。
あずき色のスエットに着替え、さらにうぐいす豆みたいなくすんだグリーンのヘアターバンで髪をまとめる。
あずきにうぐいす豆… まるで餡子ね。
洗面台の鏡に映る自分をなんだか和菓子みたいだと思う。
自分はいつからこんな中途半端な色ばかり選ぶようになったんだろう。昔はもっと彩度の高い、透明感のある色の洋服が多かったはずなのに…
鏡に映る自分に親指を立ててニンマリしてみる。
サムズアップする和菓子。
さっき職員室で壽賀美に同じポーズをしたときはあんなに高揚してたのにな。
ふっと小さくため息をつき、気を取り直してキッチンへ行く。さぁ今宵最高の一杯のための料理に取り掛かるわよ。
と、言ってもレンチンだけど。
冷蔵庫からキャベツの残り四分の一を取り出して細かくちぎり、もやしも一緒に耐熱容器へ放り込んで3分半。
その間に冷蔵庫から缶ビールを取り出してプルトップを開け、そのままあおる。
ぁああ! この一杯のために今日も生きたわ。
レンジから取り出した容器にポン酢と練りカラシを垂らして出来上がり。
あとは半額シールが貼られたサバの味噌煮をプラ容器のまま少し温めてクッキング終了。
洗い物はなるべく少しで済ませたいから、耐熱容器とプラ容器をそのまま使っちゃう。
でもさ、この安っぽい水色の、花柄模様のプラ容器に盛られたサバの味噌煮。色合いをもう少し考えなさいよ。冴えないわねぇ。
…和菓子な自分が何を言うって感じね。
ま、喰えりゃ天国よ。
ってか、サバの味噌煮!
味が沁み込んでて震えるくらいウマいじゃないの!
やっぱり味噌煮は神!
半額でも神✨✨
そうしてまたあおる金麦、これまたサイコー♡
「茶柱を立てなさい」
ふと、さっきのフレーズを思い出す。
日本茶を思わせる壽賀美の丸顔に思わず口をついて出たけど、我ながら名言じゃない?
アタクシは缶のラベルにある金色の文字をまじまじと眺めた。
今回はららみぃたんさんの描く『壽賀美』を『教師・垣野』から見た物語にしてみました。
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